帰ってきたヒトラー

帰ってきたヒトラー
ⓒ2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH

総統が帰ってきた。時は現在、季節は夏。アドルフ・ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が突然総統官邸の地下壕の部屋(現在は庭)で目覚める。彼が死んだと思われてから70年が経ち、そこは今ではベルリンの住宅街になっている。戦争は終わり、ナチ党は存在せず、彼を元気づけた愛するエヴァ・ブラウンももういない。現在のドイツ社会はあまりにも多文化的で、彼にはさっぱり理解できない。彼はリストラされたテレビマン(ファビアン・ブッシュ)によって見出され、テレビに出演することになる。だが、予想に反して、アドルフ・ヒトラーはTV界で新しいキャリアをスタートさせることになった。あろうことか、本物であるにもかかわらず、ヒトラーを模した才能溢れるコメディアンと間違われてしまったからだ。彼は、徐々に人気を博していく。人々は彼をコメディアンだと思い、彼は自分の理想を広げるためにメディアの力を利用する。しかも、彼の目的は昔と少しも変わってはいなかった…。

2012年、ベストセラー『帰ってきたヒトラー』で、ティムール・ヴェルメシュは、“もしヒトラーが戻ってきたら、どうなるだろう?”という物議を醸す問題を提起し、世界中に旋風を巻き起こした。この小説は20週にわたって「デア・シュピーゲル」誌のベストセラーリストで1位の座を獲得した。

本作はフィクションにドキュメンタリーを融合させ映画化された。ドキュメンタリー形式で撮影されたシーンでは、ヒトラーに扮したマスッチが、ベルリンやミュンヘンといった大都市だけでなく、ドイツ中、街角のごく普通の人たちや、アニマルブリーダーや、企業家や、有名人や、若い政治家や、ジャーナリストや、ヒップスターカルチャーを擁護するネオナチの若者たちと顔を合わせ、会話する。デヴィッド・ヴェンド監督は説明する。「俳優たちと作る人工的なシチュエーション(フィクション)の中でヒトラーを描くだけでなく、現実の人々の中に彼を解き放つのは、エキサイティングだと思った」と。「それが、“現代にヒトラーが戻ってきたらどんなことが起こるのか?彼には本当にチャンスがあるのか?”という疑問に対して信頼できる答えを得られる唯一の方法だった」

ヴェンド監督と主演俳優は、普通の人々のリアクションに驚いたという。「多くの人々がヒトラーを見て嬉しそうだった」「まるでポップスターと遭遇したような感じだった。彼らはこれが本物のヒトラーであるはずがないとわかっていたけれど、彼らはヒトラーを受け入れ、彼に心を開いたのだ」「多くの人が偽のヒトラーを歓迎し、彼と一緒に携帯で自撮りをしたがった。彼らは民主主義に毒づき、誰かがもう一度ドイツで思い切った手段を取ってくれることを望んでいた」彼は多くの市民が右翼的な考え方を自由に表現したことに驚いた。「あれほど多くの人々が公然と外国人に反対し、民主主義に対して激しい怒りを露わにするとは思ってもいなかった。」

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実際、ヒトラー生存説、目撃説は枚挙に遑がない。ここで少し列記してみる。

1945年4月30日にヒトラーが自殺。
1945年5月、ソビエト連邦秘密諜報部の特殊部隊がヒトラーとブラウンの遺骸(下顎骨の1部と歯のブリッジ2つ)を見つけ、身元確認したにもかかわらず、ソ連はヒトラーの自殺を長い間隠していた。それもまた混乱を引き起こした。

1945年9月21日、FBIロサンゼルスオフィスは、“ヒトラーと50名の腹心が、ベルリン陥落からおよそ10日後、2隻の潜水艦に乗り、アルゼンチン南部に上陸した。ヒトラーは牧場に隠れている。特徴のある髭は剃り、喘息と潰瘍に苦しんでいる。”という文章を受け取っている。

1956年10月25日になって初めて、アドルフ・ヒトラーは正式に死亡宣告された。それまでに、ヒトラーの家臣ハインツ・リンゲや、ヒトラーの副官オットー・ギュンシェのような懐刀を含め、40名以上の目撃者が宣誓のもとに尋問された。彼らは、アドルフ・ヒトラーとエヴァ・ブラウンの死体を見て、その死体が焼かれるのを目撃したと語った。だが、リンゲもギュンシェもソ連の捕虜収容所から戻ってくる1950年代半ばまで、証言することができなかったのである。

数年前に出版されたばかりのFBIのファイルに、第二次世界大戦後、デンマークやチベットでヒトラーを見たという目撃証言を見ることができる。これと並行して、ヒトラーと多くのナチス党員がドイツ国防軍の一部とともに南極大陸に逃亡したという説もあった。

これまで映画業界は、ナチスを題材に奇想天外な作品を数多く製作してきた。「ヒトラーがタイムスリップ、しかも人々にコメディアンとして受けいれられる」なんて、今回は本作をコメディだと思う方も多いだろう。だが実はそうではない。ヒトラーは自分の理想を広げるためにメディアの力を利用し、しかも彼の目的は昔となんら変わってないのである。奇しくもTV出演時のスタジオの照明の暗さ、短く歯切れのいい演説、次第に激高してゆく様は、まさに70年前、彼がやっていた演説テクニックそのものである。人々はその過激さに新鮮さを覚えるとともに、度肝を抜かれる。そしてヒトラー熱は流行していくのだが、これとてかつてドイツ国民が陥った過程をそのものである。本作は単なるコメディではない。観終わって、あれほどの悲惨な戦争をも忘れかけている現在の世界の危なさ、そしていとも簡単に民衆の考えが変えられていく怖さを感じるだろう。しかもナチスが政権を取った時のように合法的に…。

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<CREDIT>

■出演者:オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルプスト、
カッチャ・リーマン、フランツィスカ・ウルフ
■原作:ティムール・ヴェルメシュ
■監督:デヴィッド・ヴェンド
■配給:ギャガ
■2015年/ドイツ/116分
■原題:『ER IST WIEDER DA』

6月17日(金)TOHOシネマズ シャンテ他
全国順次ロードショー

公式ホームページ
http://gaga.ne.jp/hitlerisback/

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【ライター】戸岐和宏

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カテゴリー: ヨーロッパ | 映画レビュー

2016年6月13日 by p-movie.com

ズートピア


©2016 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

ズートピア、それは動物たちによるハイテクな文明社会、そして「誰でも夢を叶えられる」という楽園。そこから遠く離れた田舎町バニーバロウで育ったウサギのジュディには、幼い頃から「世界をよりよくするために憧れのズートピアで最高の警察官になる」という夢があった。でも警察官になれるのは、サイやカバなどタフな動物だけ。小さくて可愛いウサギの人生は、農場でニンジン作りに従事することと決まっているのだ。けれど彼女は夢をあきらめず、大きな動物たちに混じって警察学校をトップで卒業。史上初のウサギの警察官として希望に胸ふくらませ、ズートピアにやって来る。

だがズートピア警察署でスイギュウの署長のボゴから与えられた任務は、駐車違反の取締り。能力を認めようとしないボゴに憤慨したジュディは、カワウソのオッタートンの行方不明事件を「私が探します」と宣言する。彼女を「小さな動物の誇り」と考えるヒツジのベルウェザー副市長の後押しもあって、ボゴは苦々しい顔でジュディにこう言い渡す。「お前に2日間やる。だが失敗したらクビだ!」

とうとう活躍のチャンスを得て、ジュディは大興奮。でも手がかりはほとんどない。唯一かすかな手がかりを知る者は、この街のことは何でも知っているキツネの詐欺師のニック。大嫌いな警察に協力するなどあり得ないニックだったが、彼の”企業秘密“を握るジュディが上手だった。ニックはため息をつきながら、捜査の手伝いをするはめに…。ニックと共に事件を追うジュディだったが、大きな成果を得られないまま、“約束の2日間”も残り10時間。ついにジュディはボゴから「クビ」を宣告されてしまうのだった。耳をたれ、深く落ち込むジュディ。だがそのとき、夢を失う危機にある彼女を救ったのは、ニックの意外な一言だった…。はたして“夢を信じる”ジュディは、ニックを変え、そして“楽園”の危機にあるズートピアを変えることができるのか?


©2016 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

映画の序盤、私たちは、故郷の田舎町《バニーバロウ》から憧れのズートピアへと向かうジュディと共に、初めて見る楽園の壮大で色彩豊かな景観に胸躍らせる。砂漠の高級リゾート地《サハラ・スクエア》や白銀輝く氷雪のエリア《ツンドラ・タウン》、活気に満ちたダウンタウン《サバンナ・セントラル》…。そこは動物たちが動物たちのために設計した大都会。莫大な数の多様な動物たちが行き交う光景は壮観だ。彼らは服を着て二本足で歩き、家族を持ち、通勤し、ハイテク機器を駆使して暮らしている。まるで人間の私たちのように。でも本来の種特有の動物らしさ(体のサイズや動き方、「なぜだかどうしても遠吠えしてしまう」的な行動や習慣まで)は、失ってはいないのだ。

かつてウォルト・ディズニーは、『バンビ』を作るにあたり、2匹の小鹿をスタジオに入れ、スタッフたちに動きを研究させたという。『ライオン・キング』では、アフリカにリサーチ旅行をし、スタジオには本物のライオンが連れてこられた。ジョン・ラセターもまた、「徹底的なリサーチ」を信条とする製作者だ。こうして動物たちのリアリティを追究するというディズニーの伝統は、本作にしっかりと受け継がれ、監督やアーティストたちは、動物たちのリサーチだけで18か月を費やしたという。こうして「文明社会を作り上げた動物たち」を、観る者に実感させるリアリティは実現されたのである。

また、街は、誰もが快適に生活できるようなユニークなアイディアに溢れている。大きな交通システムの中に小さな交通システムがあったり、小さな動物の出入り口としてチューブが活用されたり、多様性のある都市作りがなされているのだ。そう、ここは、かつての肉食動物も草食動物も、大きな動物も小さな動物も、あらゆるタイプの動物たちが平和に暮らし、「誰でも夢を叶えることができる」という楽園なのだ。

ここでトリビアを紹介。
N.Y.の有名ブランドを思わせるオシャレな看板。
あの有名コーヒー店がズートピアに進出?!
歩行者用信号のサインはもちろん動物!
“ニンジン”マークのスマホが大流行。動物の大きさに合わせてサイズも充実!
ニュースを扱うメディアも多数。忙しいビジネスマンは新聞を持ち歩く。
などなど、観る度に新しい発見があり魅了されるハズ!

さて「ディズニー・アニメーション」のヒーロー、ヒロインたちは時代を映す鏡。共通なのは、初めは頼りない、目立たない存在であっても、逆境に立ち向かい、更には周りを巻き込んで成長していく。必ず人々に「メッセージ」を伝えて。言ってしまえば“鉄板ネタ“とも言える。だが毎回観てしまうのはなぜだろうか? それは完全とも言えるユニークな世界観(毎回、他に例のない、初めて!ということが驚異的!)の下、観る者を釘づけにするサスペンスやアクション、分かりやすいストーリーにもかかわらず、意外性の効いたハートに満ちた物語に満ちている。更には毎回大きなメッセージが込められているということではなだろうか。観終わった後、このメッセージを誰もが何となく感じられるというのも「ディズニー・アニメーション」の持つすごさではないかと思う。

しかも、日本のアニメーションではタブーとされることでも、タブー視せずに正面から提言していくという姿勢はさすが多民族国家アメリカであり、脱帽である。たとえば前作『アーロと少年』では恐竜絶滅が起こらなかったらという仮説に基づき、恐竜が地上で唯一言葉を話す種族として存在している世界を舞台に少年スポットとの成長を描いた。人間をまるで犬、ペットのように表現していることに、私は、初め嫌悪感すら覚えたが、ディズニーマジック? 途中からはふたりの成長、「メッセージ」に関心が移り、最後は「うーん、納得」となった。『ファインディング・ニモ』ではニモは障害キャラであったし、今回の『ズートピア』のジュディとニックは社会的マイノリティであり、ふたりを通して人間社会が抱える社会問題への提議、すなわち性別、出身地、学歴、人種の違いなどから生まれる偏見について描かれているのだ。夢を信じて諦めずに進み続ければ、きっと世界は変わる。『アナと雪の女王』、『ベイマックス』に続いてディズニーの新たな歴史を拓く感動のファンタジー・アドベンチャー『ズートピア』が、世界に希望の扉を開く。

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<CREDIT>

■声の出演:
ジュディ・ホップス:ジニファー・グッドウィン
ニック・ワイルド:ジャイソン・ベイトマン
チーフ・ボゴ:イドリス・エルバ
クロウハウザー:ネイト・トランス
ライオンハート市長:J. K. シモンズ
ベルウェザー副市長:ジェニー・スレイト
フィニック:トミー・“タイニー”・リスター
フラッシュ:レイモンド・パーシ
オッタートン夫人:オクタヴィア・スペンサー
ガゼル:シャキーラ
■製作総指揮:ジョン・ラセター
■監督:バイロン・ハワード/リッチ・ムーア
■配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
■2016年/アメリカ/109分
■原題:『ZOOTOPIA』

2016年4月23日(土)ロードショー
公式ホームページ 
http://www.disney.co.jp/movie/zootopia.html
©2016 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

【ライター】戸岐和宏

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カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2016年4月19日 by p-movie.com

ザ・ウォーク

「僕はよく訊かれる。“なぜ綱渡りをするの?”“なぜ死の危険を冒す?”――綱渡りと死は別だ。僕にとって綱渡りは人生そのものだ」と、フィリップ・プティ(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は語る。細いワイヤーの上を歩き続けてきた彼は、そこでどんな夢を見たのか……?

8歳の時、故郷のフランスの町に、“世界一の綱渡り一座”と呼ばれるサーカス団、通称“白い悪魔たち”がやってくる。彼らの妙技に魅せられたフィリップ・プティは、独学で綱渡りの術を体得し、“白い悪魔たち”の門を叩く。ところが、座長のパパ・ルディ(ベン・キングズレー)とは考え方の違いから決裂する。

1973年。パリで綱渡りを披露していたフィリップは、雑誌でNYに建設中のツインタワー・ビル、ワールドトレードセンターの記事を見つける。完成すれば世界最層のビルになるというその写真を見た瞬間、衝撃が駆け抜けた。このツインタワーの屋上と屋上の間にワイヤーを架けて歩く…。危険極まりない違法行為ながら、その夢に囚われた彼は、実現に向かって走り始める。フィリップは正しいワイヤーの張り方を習得しようと、パパ・ルディに頭を下げて“白い悪魔たち”の下で改めて修行を積む。ベテランのルディでさえワールドトレードセンターの話は正気の沙汰と思えなかったが、フィリップが真剣であることを知り出来る限りサポートする。フィリップは、ノートルダム寺院の二つの塔の間にワイヤーを架けた綱渡りを計画。夜中に寺院に侵入してワイヤーを渡し、朝に綱渡りを敢行した彼はパリっ子たちの喝采を浴びた後に逮捕される。新聞では徹底的に叩かれ、落胆するも、同じ新聞にワールドトレードセンターの“入居開始”の記事を見つけついにNYへ向かう。

110階にもなる実物のツインタワーを見上げ、フィリップの決心は揺らぐが、“不可能だ、それでもやる”――かくして、新たな闘いが始まった。建築作業員や松葉杖のケガ人を装ってタワーに侵入し、警備員の巡回やトラックの搬入時間をチェック。タワー間の正確な距離を調べ、ワイヤーを通す方法を模索。仲間と共に準備を進めてゆく。決行の日を1974年8月6日朝6時に定めた。そして決行前夜、搬入作業員を装ったフィリップたちは、ワールドトレードセンターの屋上へ向かう。だが、その行く手には、様々なトラブルが待ち受けていた……。

1974年、地上110階、当時世界最高層だったNYのツインタワー・ビル、ワールドトレードセンター。完成したばかりの、この屋上と屋上の間に一本のワイヤーを張り、命綱も付けずに歩いた男がいた!その男とはフィリップ・プティ。この伝説の男プティ役を『インセプション』で注目された若手実力派俳優、ジョセフ・ゴードン=レヴィットが演じる。実在の綱渡り師、プティの人間像は2008年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した『マン・オン・ワイヤー』でもスポットが当てられていたが、『ザ・ウォーク』で描かれるのは、ワールドトレードセンターを“制覇”した彼の25歳までの半生。情熱に満ち溢れ、行動力が何よりもモノを言う、若き日の物語だ。監督は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』そして『フォレスト・ガンプ/一期一会』『キャスト・アウェイ』『フライト』などで知られるアカデミー賞監督ロバート・ゼメキス。ご存じのとおり、ワールドトレードセンターは2001年に起こった、9.11同時多発テロによって崩壊し、現在はそこに建っていない。ロケも現地調査も行えないのは映画製作には圧倒的な逆境だが、それでも“映像の魔術師”ゼメキスはワールドトレードセンターを描くという離れ業をやってのけた。この怪物のような超高層ビルを含む1970年代NY、マンハッタンの完璧な再現、見下ろせば足がすくみ、冷や汗が流れてくる空中描写は、恐怖を感じさせるとともに、主人公フィリップ・プティとともに摩天楼を行く興奮を体感させる。

この作品、簡単にいえば“フィリップ・プティがワールドトレードセンターの屋上と屋上の間を綱渡りしたという話”である。実話に忠実につくられているため、無駄なお話しが全然ない。そのためストーリーはラストの綱渡りに向かって小気味よく進んでいくので、ストレスも感じずに観ることができた。がしかしである。彼が決行前夜に様々なトラブルに遭遇するあたりから、シートにじっとしていられなくなる。411mもの高さの夜の屋上で起きるトラブル。例えば、警備員が見回りに来たために彼は隠れるのだが、普通の人ならば屋上内の何かの物陰に隠れるとかするであろう。だが、高さに恐怖を感じない彼はどうするのか? 彼は、フェンスもない屋上の外側のでっぱり(そこから先は411mの高さの空間)にヒョヒョヒョイと跳ねて行って隠れるのである。CGということはわかっているが、わかっていても思わず腰が引けてしまうのだ。「おいおい、跳ねるなよ!そこで!」「どうしてそんな細いとこを歩くの!」「だから、動くなって!」などと思わず叫んでしまいそうになる自分がそこにいる。私は実際のジェットコースターなどの高所系アトラクションは平気である。なぜなら、それはほぼ100%安全で、軌道を外れて事故になるなど想像しないから(高所恐怖症の人は、自分が落下することを想像するらしい)である。にもかかわらず、ゼメキスの3Dの効果を計算し尽くした、最大限の視覚的効果にやられてしまった。ここからである。ラストまで、冷や汗と、手汗が流れ続けたのは…。ハンカチではなく汗用のタオルは必需品かもしれない!更には夜が明けての鮮やかな下界の様子は、クラクラっと自分がシートから浮いてスーッと吸いこまれてしまうのでご用心。(CGとわかっていてもね)

さて、綱渡りが始まるとさすがに息を止めて見入ってしまう(もちろん実際、落下せずに成功した事は心の中ではわかっているが)。フィリップ・プティはゆっくりとワイヤーを踏みしめていくのだが、カメラワークまで時折下にグッと落ちていくので「おおっ」と心臓に悪い。これとてゼメキスの仕掛けであろう。ラスト20分が綱渡りのシーンであるが彼はワイヤー上でターンしたり、やっと渡り終えるのかと思いきや、何度も往復してみたり、最後はワイヤー上で横たわったりと、「もーやめてくれー」と何度も心臓をもてあそばれた。この作品は3Dという技術の正しい使い方がなされた、本物の体感ムービーと言える。いや観客全員に高さ411mの綱渡りを体感させるスリルあふれる、100%安全なアミューズメント・ライドかもしれない!

<CREDIT>

■出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ベン・キングズレー、シャルロット・ルボン、ジェームズ・バッジ・デール
■監督:ロバート・ゼメキス
■配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
■2015年/アメリカ/123分
■原題:『The Walk』
2016年1月23日(土)全国ロードショー <IMAX3D>上映も決定!
公式ホームページ
http://www.thewalk-movie.jp/

【ライター】戸岐和宏

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カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2016年1月18日 by p-movie.com

007 スペクター

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SPECTRE
SPECTRE © 2015 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc., Danjaq, LLC and Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved.

メキシコでの任務の後、ロンドンに戻ったボンド(ダニエル・クレイグ)は、マネーペニー(ナオミ・ハリス)から、少年時代を過ごした“スカイフォール”で焼け残った写真を受け取る。そこには少年時代の自分、育ての父、そして焼け焦げて顔が判別できない義理の兄が写っていた。ボンドはM(レイフ・ファインズ)にメキシコでの一件で叱責されるが、彼の制止を振り切り、Q(ベン・ウィショー)の研究室からアストンマーティンDB10 を拝借。ローマへ向かう。メキシコで始末したスキアラの妻ルチア(モニカ・ベルッチ)に近づいたボンドは、犯罪組織の存在を突き止め、組織の会議場に潜入する。姿を現した組織の首領は、フランツ・オーベルハウザー(クリストフ・ヴァルツ)という男だった。ボンドを見つけたオーベルハウザーは、「ジェームズ、久しぶりだ」と語りかける。自分の素性が知られていると驚いたボンドは、組織のヒンクスとの激しいカーチェイスを繰り広げながら、会議場から逃走。ボンドは秘かにマネーペニーやQの協力を得つつ、旧敵ホワイトを追う。その頃、合同保安部= MI5 のC(アンドリュー・スコット)は、ボンドを始めとしたコードネーム「00」部門の機能を停止させ、MI6 をMI5 に統合させようと、M を追い詰めていた。

オーストリアへ向かい、ホワイトが隠れ住む小屋を発見したボンドは、組織を裏切ったため、毒を盛られ余命わずかという彼から「娘を助けて、『アメリカン』へ行け」と忠告される。ホワイトの娘で医師のマドレーヌ(レア・セドゥ)を、雪山の病院に訪ねたボンド。マドレーヌは、突然現れたヒンクスの一味にさらわれてしまう。セスナ機に乗ったボンドは、ヒンクスの車を追走し、マドレーヌを救出。合流したQ が、ボンドがスキアラから奪ったリングを調べると、そこにはル・シッフル(カジノ・ロワイヤル悪役)、シルヴァ(スカイフォール悪役)ら、ボンドの旧敵たちのデータが現れる。やはり、すべてを操る、恐るべき犯罪組織が存在していたのだ。その名は「スペクター」だと、マドレーヌは口にする。そして「アメリカン」とは、モロッコのある場所の名前であり、すべての真実を突き止めようと、ボンドはマドレーヌを伴ってモロッコのタンジールへ向かう。

ヒンクスの執拗な追走をかわし、砂漠の真ん中に建つ施設にたどり着いたボンドとマドレーヌ。そこで彼らを待っていたのは、オーベルハウザーだった。そして彼こそが、スカイフォールで焼け残った写真に写っていた、死んだはずの義理の兄だったことを知るのであった。追い求めてきた敵と自分自身との恐るべき関係を知ることになるボンド…。「スペクター」の最終目的は、いったい何なのか? MI5 の真の目的は? そしてボンドが迎える壮絶な運命とは?


SPECTRE © 2015 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc., Danjaq, LLC and Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved.

今年は『キングスマン』『コードネームU.N.C.L.E』とスパイ映画の当たり年であったが、ラストを飾る本家本元の登場である。6代目ジェームズ・ボンド、クレイグ=ボンド4 作目となる『007 スペクター』は、ひとつの頂点を迎えた。過去5人の歴代ボンドの映画は、それぞれが単発作品といっても良い。どれから見てもその荒唐無稽さを「それが007、ボンドだ」と単純に楽しめた娯楽作品だった。だが今回のクレイグ=ボンド4 部作(と言っても良いと思う)は違う!現実主義路線!洒落た英国紳士ではなく、武骨で粗削り、スパイとしての任務と自身の野心との葛藤をみせ、“人間”ボンドの魅力を発散、前3作を経て、今回、遂に完全なる“007”へと変貌した。もはや任務への迷いなど一切ちらつかせない究極のプロフェッショナルへ到達した姿に、観る者は興奮を抑えきれないはずだ。

ところで、数少ない洒落っ気という面では、毎回おなじみのセリフ「Bond. James Bond」(「ボンド。ジェームズ・ボンドです」)と「A martini. Shaken, not stirred」(「マティーニを。ステアではなく、シェイクで」)は今回もお約束、一安心。今回のボンドカーはアストンマーティンDB10。今回の車両は一般販売されているものではなく映画用に製作された特注品とのこと。装備?新兵器?に関しては映画を観てください(出番は少ないけど)。ところで前作で大破したアストンマーティンDB5は? 安心してください、出てきます…。また、「スペクター」と言えばブロフェルド。ジェームズ・ボンドの永遠の宿敵は、シャーロック・ホームズに対するジェームズ・モリアーティ教授のごとく、エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドになる。20 世紀のブロフェルドはスキンヘッドの姿がよく知られ、顔に特徴的なキズがある(今回その原因も明かされる)。しばしば変装したり、整形手術により容姿を変えたりしてボンドの前に現れた。映画版では白いペルシャ猫を膝の上に抱きかかえながら登場し、『オースティン・パワーズ』(1997)のドクター・イーヴルなど、よくパロディのネタにされた。はたして誰がブロフェルドなのか?も今回明かされるが、それは観てのお楽しみだ。

本作で彼のボンド役が最後になる可能性(ラストシーンもそんな雰囲気を醸し出していた。)もあるとのこと。その意味でも勇姿を目に焼きつけたい。(でもエンドロールではJames bond will return とあり、なかなか意味深であった…)

<CREDIT>

■出演:ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レイフ・ファインズ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリス、レア・セドゥ、モニカ・ベルッチ、アンドリュー・スコット
■監督:サム・メンデス
■配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
■2015年/アメリカ・イギリス/148分
■原題:『SPECTRE』

2015年12月4日(金)より、TOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー
公式ホームページ
http://007spectre.jp

SPECTRE © 2015 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc., Danjaq, LLC and Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved.

【ライター】戸岐和宏

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2015年12月1日 by p-movie.com

コードネームU.N.C.L.E.


©2015 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

米・ソ冷戦中の1960年代。核兵器で世界破滅を企む、凶悪テロ計画の情報をキャッチした両国は、カギを握る女ギャビー(アリシア・ヴィキャンデル)を確保しようと動く。アメリカはCIAで最も有能だが女性関係に問題アリのナポレオン・ソロ(ヘンリー・カビル)を、ロシア(当時はソ連)はKGBに史上最年少で入った超エリートだがメンタルに問題アリのイリヤ・クリヤキン(アーミー・ハマー)を東ベルリンへ送り込む。1歩先んじたソロが、ハデな追跡劇の果てに逃げ切るが、初めて出会った両国のナンバー1スパイは、互いに相手へのライバル意識に燃えていた。

ところが、なんと彼らに与えられた次なる任務は、二人でチームを組んで凶悪テロに立ち向かうこと!恐るべき核兵器拡散を前に、両国は長年の政治的対立を超えて手を組むことになったのであった。

ギャビーは、元ナチスの天才科学者ウド・テラー博士の娘。博士は戦後、アメリカの核計画に貢献していたが、2年前に何者かに拉致された。その後の捜査から、イタリアの大企業ヴィンチグエラへの疑惑が浮上する。表向きは海運と航空宇宙業の会社だが、実はナチスの残党と組んでいる巨大な国際犯罪組織であり、組織を仕切るのは社長夫人のヴィクトリア(エリザベス・デビッキ)であった。もし博士の研究が成功すれば、誰でも簡単に原爆を作れるようになる。ソロとクリヤキンの任務は、組織に潜入して博士と研究データを奪回すること。キャラも思考も真逆。腕は最強・相性は最悪の2人はギャビーとともに、最大の敵に立ち向かう。しかし、最高レベルの重大ミッションはさらにその先だった。世界最強の国家となれるデータを、決して“相棒”に渡してはならない。必要なら命を奪ってでも…。


©2015 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

1960年代の人気TVシリーズ『0011ナポレオン・ソロ』を、『スナッチ』『シャーロック・ホームズ』などのガイ・リッチー監督が新たな視点で映画化。最も嫌いなタイプの男とコンビを組まなければならないという究極の設定で、バディムービーをさらに進化させた。東西冷戦下、CIAとKGBのエージェントが協力し合い世界規模のテロ事件を阻止すべく奮闘する。プレーボーイのソロと堅物クリヤキンという真逆のスパイコンビを、『マン・オブ・スティール』のヘンリー・カビルと、『ローン・レンジャー』のアーミー・ハマーが熱演。そのほか『アンナ・カレーニナ』のアリシア・ヴィキャンデル、テロ組織のトップに立つ魅惑的な悪女には『華麗なるギャツビー』のエリザベス・デビッキ、名優ヒュー・グラントらが脇を固める。

オリジナルTVシリーズでも原題は『THE MAN FROM U.N.C.L.E.』であるが、原題のU.N.C.L.E(アンクル)とは、=United Network Command of Law and Enforcement
国際秘密捜査機関。世界の平和を守るため国境を越えて法を執行する国際連合ネットワーク司令部 という設定。当時は実際の国連(United Nations)の機関であると勘違いされていた(笑)らしいし、国連そのものがTV番組に名称が使われることを良しとしなかったため、スタッフが適当に単語を組み合わせて作ったらしい。またMENでなく MANなのは当初、ソロ(ロバート・ヴォーン)メインのスパイシリーズの予定だったからだとか。話が進むにつれて、相棒のクリヤキン(デヴィッド・マッカラム)が大人気となり、登場回数も増え、名実ともにバディムービーへと変化していった。

さて、今回の作品、冷戦中、ナチスの残党、原爆、米ソ共同作戦、というまさにスパイ映画に欠かせない魅力的なプロットであるが、それを別にしても、60年代という珍しくて魅力的な時代の芸術、ファッション、音楽、考え方から視点に至るまで、当時格好いいとされた全てのものを正確に抽出しながらも、今世紀の躍動感を融合させた素晴らしい映画である。

ベルリンのセットは全体的に寒々とした飾り気のない色味が用いられ、それに比べてイタリアのロケ地は鮮やかで美的感覚に訴える色彩と質感が使われている。男と女の衣装もそのトーンに見事に調和しており、東ベルリンでは冷たくて固くて陰気。物語が西ベルリンと交わり始めるとプリント柄と模様になり、イタリアに入ると色彩は暖かくなり、全体が洗練されていくのである。撮影はわざと昔風、イキなセリフと緻密な謎解き、舞台となる1960年代のハイブランド・ファッション。世界初のラグジュアリー&クール&スタイリッシュ、でも時々熱いスパイ・サスペンス・エンターテイメントが完成した! 『キングスマン』『コードネームU.N.C.L.E』『007スペクター』今年はスパイ映画の当たり年。どれを見てもハズレなし!

<CREDIT>

■出演:ヘンリー・カビル、アーミー・ハマー、アリシア・ヴィキャンデル、エリザベス・デビッキ、ヒュー・グラント
■監督:ガイ・リッチー
■配給:ワーナー・ブラザース映画
■2015年/アメリカ/116分
■原題:『THE MAN FROM U.N.C.L.E.』

2015年11月14日(土)全国ロードショー
公式ホームページ 
http://wwws.warnerbros.co.jp/codename-uncle/

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【ライター】戸岐和宏

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カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2015年11月9日 by p-movie.com