ザ・ウォーク

「僕はよく訊かれる。“なぜ綱渡りをするの?”“なぜ死の危険を冒す?”――綱渡りと死は別だ。僕にとって綱渡りは人生そのものだ」と、フィリップ・プティ(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は語る。細いワイヤーの上を歩き続けてきた彼は、そこでどんな夢を見たのか……?

8歳の時、故郷のフランスの町に、“世界一の綱渡り一座”と呼ばれるサーカス団、通称“白い悪魔たち”がやってくる。彼らの妙技に魅せられたフィリップ・プティは、独学で綱渡りの術を体得し、“白い悪魔たち”の門を叩く。ところが、座長のパパ・ルディ(ベン・キングズレー)とは考え方の違いから決裂する。

1973年。パリで綱渡りを披露していたフィリップは、雑誌でNYに建設中のツインタワー・ビル、ワールドトレードセンターの記事を見つける。完成すれば世界最層のビルになるというその写真を見た瞬間、衝撃が駆け抜けた。このツインタワーの屋上と屋上の間にワイヤーを架けて歩く…。危険極まりない違法行為ながら、その夢に囚われた彼は、実現に向かって走り始める。フィリップは正しいワイヤーの張り方を習得しようと、パパ・ルディに頭を下げて“白い悪魔たち”の下で改めて修行を積む。ベテランのルディでさえワールドトレードセンターの話は正気の沙汰と思えなかったが、フィリップが真剣であることを知り出来る限りサポートする。フィリップは、ノートルダム寺院の二つの塔の間にワイヤーを架けた綱渡りを計画。夜中に寺院に侵入してワイヤーを渡し、朝に綱渡りを敢行した彼はパリっ子たちの喝采を浴びた後に逮捕される。新聞では徹底的に叩かれ、落胆するも、同じ新聞にワールドトレードセンターの“入居開始”の記事を見つけついにNYへ向かう。

110階にもなる実物のツインタワーを見上げ、フィリップの決心は揺らぐが、“不可能だ、それでもやる”――かくして、新たな闘いが始まった。建築作業員や松葉杖のケガ人を装ってタワーに侵入し、警備員の巡回やトラックの搬入時間をチェック。タワー間の正確な距離を調べ、ワイヤーを通す方法を模索。仲間と共に準備を進めてゆく。決行の日を1974年8月6日朝6時に定めた。そして決行前夜、搬入作業員を装ったフィリップたちは、ワールドトレードセンターの屋上へ向かう。だが、その行く手には、様々なトラブルが待ち受けていた……。

1974年、地上110階、当時世界最高層だったNYのツインタワー・ビル、ワールドトレードセンター。完成したばかりの、この屋上と屋上の間に一本のワイヤーを張り、命綱も付けずに歩いた男がいた!その男とはフィリップ・プティ。この伝説の男プティ役を『インセプション』で注目された若手実力派俳優、ジョセフ・ゴードン=レヴィットが演じる。実在の綱渡り師、プティの人間像は2008年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した『マン・オン・ワイヤー』でもスポットが当てられていたが、『ザ・ウォーク』で描かれるのは、ワールドトレードセンターを“制覇”した彼の25歳までの半生。情熱に満ち溢れ、行動力が何よりもモノを言う、若き日の物語だ。監督は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』そして『フォレスト・ガンプ/一期一会』『キャスト・アウェイ』『フライト』などで知られるアカデミー賞監督ロバート・ゼメキス。ご存じのとおり、ワールドトレードセンターは2001年に起こった、9.11同時多発テロによって崩壊し、現在はそこに建っていない。ロケも現地調査も行えないのは映画製作には圧倒的な逆境だが、それでも“映像の魔術師”ゼメキスはワールドトレードセンターを描くという離れ業をやってのけた。この怪物のような超高層ビルを含む1970年代NY、マンハッタンの完璧な再現、見下ろせば足がすくみ、冷や汗が流れてくる空中描写は、恐怖を感じさせるとともに、主人公フィリップ・プティとともに摩天楼を行く興奮を体感させる。

この作品、簡単にいえば“フィリップ・プティがワールドトレードセンターの屋上と屋上の間を綱渡りしたという話”である。実話に忠実につくられているため、無駄なお話しが全然ない。そのためストーリーはラストの綱渡りに向かって小気味よく進んでいくので、ストレスも感じずに観ることができた。がしかしである。彼が決行前夜に様々なトラブルに遭遇するあたりから、シートにじっとしていられなくなる。411mもの高さの夜の屋上で起きるトラブル。例えば、警備員が見回りに来たために彼は隠れるのだが、普通の人ならば屋上内の何かの物陰に隠れるとかするであろう。だが、高さに恐怖を感じない彼はどうするのか? 彼は、フェンスもない屋上の外側のでっぱり(そこから先は411mの高さの空間)にヒョヒョヒョイと跳ねて行って隠れるのである。CGということはわかっているが、わかっていても思わず腰が引けてしまうのだ。「おいおい、跳ねるなよ!そこで!」「どうしてそんな細いとこを歩くの!」「だから、動くなって!」などと思わず叫んでしまいそうになる自分がそこにいる。私は実際のジェットコースターなどの高所系アトラクションは平気である。なぜなら、それはほぼ100%安全で、軌道を外れて事故になるなど想像しないから(高所恐怖症の人は、自分が落下することを想像するらしい)である。にもかかわらず、ゼメキスの3Dの効果を計算し尽くした、最大限の視覚的効果にやられてしまった。ここからである。ラストまで、冷や汗と、手汗が流れ続けたのは…。ハンカチではなく汗用のタオルは必需品かもしれない!更には夜が明けての鮮やかな下界の様子は、クラクラっと自分がシートから浮いてスーッと吸いこまれてしまうのでご用心。(CGとわかっていてもね)

さて、綱渡りが始まるとさすがに息を止めて見入ってしまう(もちろん実際、落下せずに成功した事は心の中ではわかっているが)。フィリップ・プティはゆっくりとワイヤーを踏みしめていくのだが、カメラワークまで時折下にグッと落ちていくので「おおっ」と心臓に悪い。これとてゼメキスの仕掛けであろう。ラスト20分が綱渡りのシーンであるが彼はワイヤー上でターンしたり、やっと渡り終えるのかと思いきや、何度も往復してみたり、最後はワイヤー上で横たわったりと、「もーやめてくれー」と何度も心臓をもてあそばれた。この作品は3Dという技術の正しい使い方がなされた、本物の体感ムービーと言える。いや観客全員に高さ411mの綱渡りを体感させるスリルあふれる、100%安全なアミューズメント・ライドかもしれない!

<CREDIT>

■出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ベン・キングズレー、シャルロット・ルボン、ジェームズ・バッジ・デール
■監督:ロバート・ゼメキス
■配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
■2015年/アメリカ/123分
■原題:『The Walk』
2016年1月23日(土)全国ロードショー <IMAX3D>上映も決定!
公式ホームページ
http://www.thewalk-movie.jp/

【ライター】戸岐和宏


カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2016年1月18日 by p-movie.com