恐怖の報酬【オリジナル完全版】

恐怖の報酬


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数奇な運命を辿った”呪われた映画”

 1953年に製作されたアンリ・ジョルジョ・クルーゾー監督のサスペンス映画の名作「恐怖の報酬」のハリウッド・リメイク版。監督はウィリアム・フリードキン。本作が製作された70年代半ば、フリードキンは、「フレンチ・コネクション」でアカデミー作品・監督賞を受賞し、続く「エクソシスト」も記録的な大ヒットとなり、新時代の巨匠としてキャリアの絶頂期にあった。当然、新作への期待も大かった。だが、ユニヴァーサルとパラマウントの共同製作により、2000万ドルの巨費を投じた超大作として出来上がった本作は、その期待を大きく裏切り、アメリカ本国での公開時には興行・批評両面で惨敗を喫した。その結果、日本公開時には92分に短縮され、原題も「SORCERER」から「WAGES OF FEAR」に改題された国際版が公開さ れた。
 ”呪われた映画”の仲間入りを果たした本作は長らくスクリーンでの完全版上映はかなわなかったが、2012年、フリードキンが、パラマウントとユニヴァーサルを相手に訴訟まで起こし、遂に権利の問題をクリア。2013年のヴェネツィア映画祭で4Kプレミア上映され、翌2014年のチャイニーズ・シアターの凱旋上映後、ブルーレイが発売。フランスやイギリスでも劇場公開され、ブルーレイも発売された。そして、本年、キングレコードがフリードキンと直接交渉で権利を取得し、日本での劇場公開が実現したのである。


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冷徹なリアリズムで描く人生の不条理

 さて、このような数奇な運命を辿り、漸く公開となった本作、初公開時に短縮版を見ている人間としては、その真価を伝えねばならないだろう。
 映画は、メキシコ・ヴェラクルスのホテルの一室で、殺し屋ニーロ(フランシスコ・ラバル)が男を射殺するシーンから始まる。続いて、イスラエルのエルサレムに舞台は移り、テロを働いたアラブの若者たちが、特殊部隊にアジトを襲撃され、カッセム(アミドゥ)だけが難を逃れる。パリでは、投資家のマンゾン(ブルーノ・クレメル)が、不正取引の追求を受け、追い詰められた共同経営者の義弟パスカルの自殺により、逃亡を余儀なくされる。そして、アメリカ・ニュージャージー州のエリザベスでは、教会を襲い、ビンゴの売上金を奪ったギャングが逃走中の車内での内輪もめから、車の転覆事故を起こす。血まみれになりながら、一人生き残った運転手のスキャンロンは、仲間が撃った神父の兄で対抗組織のボス・カルロ・リッチの放った刺客から逃れるため、国外に高飛びする。
 南米のポルヴェニールに流れ着いた4人は、山岳地帯の油井で起こった爆発事故により燃え上がる炎を消化するため、トラックでニトログリセリンを運ぶ危険な任務に挑むことになる。この設定こそ、クルーゾーの「恐怖の報酬」から踏襲されているが、後はまるで違う。
 四人の男たちが、ポルヴェニールに流れ着くまでを感傷を排した即物的な描写で押し通し、人間の運命の不条理を突き放したように描く。次いで、ポルヴェニールでの彼らの絶望的な生活。偽名を名乗り、アメリカの石油資源会社で低賃金で汗と油にまみれて働くマンゾンとカッセム。やはり偽名で運転手の職に就き、死の恐怖に怯えながら酒浸りの日々を送るスキャンロン。ここから脱出するためには、今の収入から思えば手の届かない金が要り、抜け出せない蟻地獄のようだ。南米現地の人々の貧しい生活や過酷な労働環境が実にリアルに描かれ、ここから逃れられない異邦人の絶望感を際立たせ、報酬を求めて死の恐怖に挑む男たちの気持ちに説得力をもたらす。


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 トラックで出発してからの数々のサスペンス。いつ爆発するかも知れないニトログリセリンの恐怖は限りない緊張感を生む。クライマックスの、暴風雨の中、古びて崩壊寸前のつり橋を巨大なトラックが渡ろうとするシーンも、要所要所のカットが効果的で臨場感たっぷり!荷を奪おうとするゲリラとの攻防。道をふさぐ倒木を爆破するシーンでは爆風から逃れようとして必死で走るマンゾンの姿から、死の恐怖と隣り合わせの人間のギリギリの恐怖がリアルに伝わってくる。そして、ラスト近く、トラックが動かなくなり、岩石地帯を一人ニトロを運ぶスキャンロンに迫る荒涼とした風景が実に不気味で、魔物のように迫ってくる。初公開時、これは南米のジャングルの底知れない恐怖を描いた「エクソシスト」に通じる恐怖映画だ、と評す方がいたが、もしかしたら、そのような視点がフリードキンの意図を端的に示しているのかもしれない。
 魔物が潜んだような底知れぬ南米の大自然の中に、徹底したリアリズムと冷徹な視点で人間の運命の不条理を描いた本作は、クルーゾーの「恐怖の報酬」とは方向性は違うが、フリードキンの意志が全編にいき渡った、紛れもない傑作である。

<CREDIT>

■出演者:出演:ロイ・シャイダー、ブルーノ・クレメル、フランシスコ・ラバル、アミドゥ
■監督・製作:ウィリアム・フリードキン
■脚本:ウォロン・グリーン
■原作:ジョルジュ・アルノー
■音楽:タンジェリン・ドリーム
■配給:コピアポア・フィルム
■提供:キングレコード
■1977年/アメリカ/121分
■原題:SORCERER(魔術師)

今秋11月24日(土) シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

公式ホームページ
SORCERER2018.com

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【ライター】渡辺稔之


カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2018年10月22日 by p-movie.com