ベジャール、そしてバレエはつづく

振付家モーリス・ベジャールについて、さも前から知っていたかのようにプレス資料の文言を使いまわすこともできるのだが、それはやめておこう。彼については何も知らなかった。それが僕の正直なところの立ち位置である。

そんな自分が『ベジャール、そしてバレエはつづく』の不思議な手触りの中に彼の息遣いを感じている。と言っても、ここに現れるのはベジャール本人ではない。彼は2007年、多くの人に惜しまれながらこの世を去ったという。

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ではこのドキュメンタリーの主役は誰なのか?

そこにはオープニング早々、苦悩する人々が映しだされる。ベジャールが創設したバレエ団の面々である。

ひとつの時代が幕を下ろすと、また次なる時代が幕を上げる。そうして歴史は旋回していく。そこで残るもの、消え去るもの。たとえそれが世に絶賛されたベジャールであったとしても、その功績など長大な人類の歴史からすればほんの一瞬に過ぎない。重要なのは未来である。いかにそれを受け継ぎ、後世に伝えていくか。ベジャールの真価は残された者たちによって決定づけられると言っても過言ではない。

スイスのローザンヌを本拠地にするバレエ団は、ベジャールを愛する地元のファンたちを落胆させぬよう、ベジャールの礎を守り、そしてさらなる新たな方向性を模索していかねばならない。そして彼らはベジャール没後はじめてとなる公演で市民の審判を仰ぐこととなる。

はたして彼らは次なる歴史の扉を押し開くことができるのだろうか?

bejart02.jpgカメラが、過去と未来の両ベクトルの狭間で再出発を果たそうとするバレエ団の姿を映し出す。その葛藤の姿はさすがストイック、かつプロフェッショナル。

迷ったら初心に戻れとよく言うが、バレエ団のメンバーにとっての初心とはベジャールの指導であり、言葉だ。このドキュメンタリーは何らかの壁を越えねばならない彼らの脳裏に「ベジャールの影」が現れる様子をつぶさに捉え、そこには存在しえないのに、どういうわけかベジャールの亡霊がそこに漂っているかのような雰囲気さえ醸し出す。

存在しない人物の表情を、多くの証言によって導き出す…。これは文学、演劇、映画が培ってきた伝統的な表現手段でもある。それにのっとって紡がれるドキュメンタリーであるがゆえ、たとえ僕がモーリス・ベジャールについて何も知らなかったとしても、そこには僕自身が上映中ずっとベジャールと対峙していたかのような、不思議な映画的手ごたえが残るのだろう。

バレエに興味ある方のみならず、会社や団体で組織を率いなければならない方、それに前任者の呪縛からなかなか解き放たれずにいる中間管理職の方まで、この映画には何かしらの「歴史を更新する」ヒントが詰まっているはずだ。

そして本作に触れた誰もが、やっぱり同じく、モーリス・ベジャールの息遣いにじかに触れたような感覚を味わうのだろう。

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たとえ彼のことを何ひとつ知らなかったとしても。

ベジャール、そしてバレエはつづく

モーリス・ベジャール・バレエ団の新時代の幕開けに迫る
感動のドキュメンタリー。

http://www.cetera.co.jp/bbl/
12月19日(土)よりBunkamuraル・シネマ他にてロードショー

【映画ライター】牛津厚信

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2009年12月18日 by p-movie.com

誰がため

デンマークの第二次大戦秘話を映画化

daregatame01.jpg 第2次大戦は多くの悲劇を生んだ。それは、敵同士として戦火を交えた者だけではなく、銃後に生きる人々にも過酷な運命を齎した。本作は、占領下のデンマークで、抵抗組織の暗殺者となった二人の男たちの実話を、当時を知る関係者の目撃証言に基づいて映画化した作品で、本国デンマークで2008年度の観客動員1位を記録した硬派の力作である。

 1944年。デンマーク、コペンハーゲン。打倒ナチスを掲げる地下抵抗組織<ホルガ・ダンスケ>に、23歳のベンと・ファウファウアスコウ=ヴィーズ、通称フラメンと、33歳のヨーン・ホーウン・スミズ、通称シトロンという二人の男がいた。彼らの任務は、ゲシュタポやナチに協力している売国奴の暗殺。二人は、組織の上層部から命じられ、次々とターゲットを抹殺していった。
 だが、彼らの直属の上司アクセル・ウィンターから、ドイツ軍情報機関の将校二人の暗殺を命じられてから、事態は一変する。標的のギルバート大佐と対峙したフラメンは、彼との対話から”何かおかしい”と感じ、初めて任務を実行するのを躊躇う。そして、動揺を残したまま、もう一人のサイボルト中佐の暗殺に向かった彼は、相打ちとなり重症を負う。これにより、それまで直接人を殺したことのなかったシトロンが、ギルバート暗殺に赴き、初めて自ら手を下した。
 やがて、ゲシュタポの報復が激化し、組織のメンバーが次々に拘禁・処刑されると、ウィンターは、フラメンの恋人の諜報員ケティを密告者と断定し、彼らに彼女の暗殺を命じた。彼女はウィンターの運び屋であると同時に、ゲシュタポのリーダー、ホフマンとも繋がる二重スパイだというのだ。ケティを問い詰めたフラメンは、恐るべき事実を知らされる。ウィンターの暗殺任務の中には、ナチや裏切り者にまぎれて、ウィンターにとって都合の悪い人間がリストアップされていたと…。自分達は組織に騙され、無実の人間を殺したのか?果たして、ケティは本当に信頼できるのか?自らの正義に疑念を持ち、苦しむ二人に、さらに過酷な運命が待ち構えていた…。

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サスペンスの中に息づく人間のドラマ

daregatame03.jpg 戦争は、人間が人間を殺すという非人道的な行為である。それを止めるべく、戦いに身を投じた人間もまた、自らの手で人間の命を奪う。その果てに待つのは、ボロボロに傷ついた心…。正義の信念の下に、暗殺者の道を選んだ二人が、自らの心の死と闘いながら、ひたすら人間らしく生きようとする姿が、感動を呼ぶ。

 映画は、そんな彼らの心の軌跡を、様々なエピソードを通じて、丁寧に描き出す。二重スパイである恋人ケティへの疑惑に揺れながら、愛を信じようとするフレメン。離れ離れの生活から、妻と娘に去られ、妻の恋人に、彼女を不幸にしないでくれとに、脅すように頼み、姿を消していくシトロン。ギリギリまで追い詰められた彼らが、必死に愛を求め、愛に傷つく姿が、彼らの人間性を浮き彫りにする。フレメン役のトーレ・リントハート(「天使と悪魔」)、「007/カジノ・ロワイヤル」の悪役ル・シッフル役で一躍世界に知られた、シトロン役のマッツ・ミケルセンーデンマークを代表する二人の国際派俳優が、揺れ動く二人の心理を、陰影深い演技で見事に演じ、深みのある人間ドラマを作り出す。
 また、権力者の走狗となった事を知り、自身の行為に疑念を持ちながらも、自らの正義と信念を貫き、上層部の意向を無視して、ゲシュタポのリーダー、ホフマン暗殺を決行しようとするに至る二人の行跡を軸に、数々の暗殺場面がサスペンス豊かに描かれていく構成が、エンタティンメント的な面白さをも生み出し、手に汗握るサスペンス・アクションとして観客を楽しませる事も忘れていないのも流石だ。”(戦争という非常時の)生き方の選択”"組織の中の個”といった現代にも通じるテーマを、押し付けるのではなく、見る者を楽しませながら、自然に胸に問いかけるような作風は、映画作りに熟知した大人の視点を感じさせる。
 本作は、デンマークの王国公文書館が資料を公開しなかっため、60年余に渡り秘められていた出来事を、丹念な取材を重ねて映像化した作品である。第二次大戦の生んだ悲劇を今に伝えようととする作り手たちの懇親の思いーそれは、世界中のどこかで戦火に傷つく人々が存在する現在(いま)を生きる我々が、忘れる事なく、明日へ伝えていくべきもの。その思いが、一人でも多くの方に伝わるのを願ってやまない。作品のヒットを祈りたい。

daregatame04.jpg第二次大戦の悲劇は、決して過去の遺物ではなく、世界中のどこかで戦火が巻き起こる現在(いま)を生きる我々が、忘れる事無く胸に刻み込むべきもの。その事実を今に伝えようとする、作り手の渾身の思いが、一人でも多くの方に伝わるのを願ってやまない。

「誰がため」
FLAMMEN&CITRONEN
2008年 デンマーク=チェコ=ドイツ合作
カラー 136分

監督/オーレ・クリスチャン・マセン
製作/ラース・ブレード・ラーベク
脚本/オーレ・クリスチャン・マセン、ラース・K・アナセン
撮影/ヨーン・ヨハンセン
音楽/ハンス・メーラー
編集/サアアン・B・エベ
出演/トゥーレ・リントハート、マッツ・ミケルセン、クリスチャン・ベルケル アルシネテラン

配給:アルシネテラン

12月、シネマライズほか全国順次ロードショー

公式HPhttp://www.alcine-terran.com/tagatame/

【映画ライター】渡辺稔之

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2009年11月19日 by p-movie.com

SING FOR DARFUR

タイトルの読み方は”シング・フォー・ダルフール”。
紛争が続くダルフール支援のためのコンサート開催当日のバルセロナを舞台に、
国際情勢に無関心な人々の姿を浮き彫りにする群像劇。
昨年の東京国際映画祭で上映され、多くの観客から賞賛を浴びた注目作。

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 バルセロナの朝。

クルマのラジオからは、今夜ダルフール支援のためのコンサートが開かれるというニュースが流れている。
だが、運転している男は渋滞に苛立ち、ニュースに八つ当たりしている。
なんとか駐車場へたどり着くと、急ぎ着替えて広場へ。
道化師として街角に立つその男に、出演者目当てでコンサートに訪れた女性が近づいて記念撮影。
彼女は歩き出すが、持っていたバッグをスリの少年に引ったくられてしまう…。

タイトルに反して、劇中にダルフールの状況を伝える映像は一切登場しない。
描かれるのは、人々が忙しそうにすれ違う、ごく普通の都会の風景。
街行く人を追うカメラはすれ違いざまに被写体を入れ変え、
人種も職業も様々な人々の姿を次々と捉えてゆく。
ほぼ全編モノクロの映像とテンポのよい音楽をバックに、
ユーモアを交えながら描かれてゆくヴィヴィッドな街角の風景。

sing2.jpg友人と遊びに出かける少女。
TVゲーム片手に歩く少年。
水鉄砲でいたずらする無邪気な子ども。
国際的に活躍するビジネスマン。
パブでビール片手に与太話を繰り広げる男たち。
仲睦まじく歩く日本人老夫婦。

ドキュメンタリーではないが、
あたかも自分がバルセロナの街で人々を観察しているかのようだ。
誰しもその中に”自分に似た”人物を発見するに違いない。
それぞれの事情で行動し、一見、何の共通点もないように見える人々。
だが、ただひとつ共通しているものがある。
それは、誰一人として今日行われるコンサートの目的に興味を示さないということ。
中には話題に上げる人もいるが、その口から出てくるのは
「サッカーが弱い国は暴動が起こる」
「自分たちでなんとかしないとダメだ」
と好き勝手な言葉ばかり。
なぜ、こんなにも人々は世界の片隅で起きていることに無関心なのか?
悲惨な状況を耳にしつつも、無関心である人々への疑問が湧き上がってくる。
だが同時に、その街角に自分自身も立っていることに気付いてしまう。
無関心なのは誰でもない、映画を見ている我々だったのだ。

ヨハン・クレイマー監督の言葉によると、この映画を作るきっかけになったのは、
ダルフールに対する自分自身の無関心さに対する苛立ちだったという。
だが、完成した映画から苛立ちは感じられない。
都会の生活を冷ややかに見つめているわけでもない。
ただ、無関心であることをやめて、
世界で起こっていることに目を向けてほしいと願うささやかな気持ち。
そんな想いがストレートに伝わってくる、優しさに溢れた作品だ。
その想いを、1人でも多くの人に受け止めて欲しい。

 

『SING FOR DARFUR』
2009年10月3日よりヒューマントラストシネマ渋谷他 順次公開
公式サイト:http://www.plusheads.com/singfordarfur/
(C) Sing for Darfur powered by PLUS heads inc.

【映画ライター】イノウエケンイチ

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2009年10月15日 by p-movie.com

愛を読むひと

わずか1ページで 終わった恋が、 永遠の長編になる
まだ高校生の頃、大人の男性に恋をしたことがある。誰もが10代に一度は経験のある年上への憧れからかもしれない。
大ベストセラーになったドイツのベルンハルト・シュリンク作「朗読者」の始まりはまさに少年から青年へと変わる時期の大人の女性への恋を描いた作品である。
ただ、その時代背景、恋に落ちた相手との重大な秘密を守るべく生きた二人の静かな愛は運命としか思えないほど衝撃的なストーリーに仕上がっている。

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1958 年、まだ傷が深い大戦後のドイツ。戦争が終わっても人々の心が癒えるには早すぎる時、15歳のマイケルは年上の女性ハンナと出会い、激しい恋におちる。

 15歳という若さゆえの夢中になる恋をしているマイケルは常にハンナを想い続ける。
ただ部屋で会い身体を求め合うだけの恋愛と共にマイケルはハンナへ本の朗読をするようになる。
その声を静かにうっとりと聴いているハンナには心地よい時間が過ぎているかのよう。だがひと夏の恋は突如としてハンナが姿を消したことで終わりを告げてしまう。

そして8年後、法学生になったマイケルが傍聴した裁判で見たのは、戦時中の罪に問われる被告人としてのハンナだった。
いわゆる戦犯という重い罪を彼女は不当な証言を受け入れ、無期懲役として刑を受け入れるのだ。
8年前に愛したハンナの忌まわしい過去を知ると同時に、自分だけが知る彼女の”秘密”に何も手出しは出来ないマイケルの苦しみは続く。

 ハンナが誰にも知られたくなかった秘密をマイケルは20年間、口を閉ざしながらも消えない愛を想い続けている。
その想いを大人になったマイケル(レイフ・ファインズ)が新たなる行動を起こすことで二人の中で守られてきた愛が温かくも切ない。

 本作で36歳から30年間を一人で演じきったケイト・ウィンスレットのアカデミー賞最優秀主演女優賞受賞に誰もがうなずくだろう。
ケイト・ウィンスレットという女優は常に演じる役と本気で向き合い自分のモノにする気迫が観客をとりこにしてしまうから素晴らしいとしか言いようがないのだ。

女性の私が言うと真実味が増すだろうが、ホントの女性の30代、40代の心と身体はケイト・ウィンスレットの役作り以上にリアルさが感動を深くしているに違いない。

 

『愛を読むひと』
6月19日(金) TOHOシネマズ スカラ座ほかにて全国ロードショー
公式サイト:http://www.aiyomu.com/
(C)2008 TWCGF Film Services II, LLC. All rights reserved.

 

【映画ライター】佐藤まゆみ

 

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2009年7月9日 by p-movie.com

バンク・ジョブ

70年代の幕開けと同時に、アイルランド紛争激化という騒然とした世の中を迎えた
ロンドンで英国全土を揺るがす大事件が発生する。実際に起きた事件を映画化し、
王室スキャンダルまでもが世に出てしまうという前代未聞の作品。
実話を基に描かれてるだけに90パーセントが事実(!?)という驚くべき情報を
目の当たりに出来る作品である。

 
081202_bankjob_main.jpgロンドンのベイカー・ストリートにある銀行の地下に強盗団が侵入、貸金庫内の
現金や宝石などを強奪し、行方をくらました。英国全土へ数日間トップニュースとして
報じられた後、突如としてその報道は打ち切られたのである。
その裏に英国政府の秘密が隠されていたのである。

おもしろおかしく描くなら「オーシャンズ11」のようにプロの強盗団の手口を描くほうが
観ていて楽しくて笑えるだろう。だが本作は実話をベースに描かれてる為、
プロの強盗団じゃない。普通の小悪党が7人集まり、地下からトンネルを掘り、
銀行の貸金庫まで到達できて普通に金品を強奪し逃げた…
というだけで終わるハズだったのに盗んだモノの中身が良くなかった。
もともと銀行の貸金庫を狙って金品強奪を誘って来たのは、
中古車屋のテリー(ジェイソン・ステイサム)の昔馴染みの女性マルティーヌ。
悪い話でもないと話に乗って、友人のカメラマンのケヴィンや映画のエキストラを
やっているデイヴや詐欺師のガイ、掘削の専門家バンバスを仲間に入れて
実行することとなる。

前半から、テリー演じるジェイソン・ステイサムの綿密でもない計画と当時の
ありふれたやり方に納得しつつ、そんなに簡単に?!ってほど事は進む。
だが次第にマルティーヌが抱えている裏の真相、そしてそんな裏の政府の手を
知ってしまう強盗団の7人の命に関わってくる問題が次から次へと発生するのである。
どこから片付けたら良いものやら?
とまで色々な”裏”世界から狙われてしまうのが心臓に悪い。
小悪党だけに一発逆転のチャンスには、かなり厳しい状況に巻き込まれてしまう。
そんな状況をリアルに描かれた本作は恐ろしい世界を垣間見てしまったかのようで
国家とは怖い”裏”を抱えてると改めて知ることになるのかもしれない。

映画「バンク・ジョブ」オフィシャルサイト
http://www.bankjob.jp/
奪ったブツは、
キャッシュとダイヤと王室スキャンダル。
11月22日よりシネマライズ ほか全国順次ロードショー
(C)2007 Baker Street Investors, LLC. All Rights Reserved.

【映画ライター】佐藤まゆみ

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2008年12月2日 by p-movie.com