『イースタン・プレイ』カメン・カレフ監督インタビュー

東京国際映画祭3冠(グランプリ、監督賞、男優賞)達成!
TIFFコンペティション部門に出品されたブルガリア映画『イースタン・プレイ』のカメン・カレフ監督に話を伺いました。時は映画祭クロージングの前日。まさか翌日、自作が頂点に輝くとは予想もしていない彼の”生の声”をご覧ください。

カメン・カレフ監督

ドラッグ中毒から抜けだした兄と、ネオナチ組織へ足を踏み入れた弟。ブルガリアの都市ソフィアを舞台に、ふたつの傷ついた魂が救いを求めて彷徨い続ける…。

イースタン・プレイ東京の印象

---まず最初に、ブルガリアの街並みを印象深く切り取った監督がいま東京をどう見つめているのか、ちょっとお聞かせいただけますか。

「そうですね…大きな街で人口も多いのに、とても穏やかで、緊張関係やアグレッシブなところがない。雑音さえあまり聞かれない。この社会がなぜこういう方向に発展できたのか不思議に思います。人間の社会はルールがなければ”我”がどっと噴き出してしまうもの。この国ではいったいどんなルールがあるのか、あるいは国家がコントロールしているのか…」

---とても興味深い考察です。

「たとえば、様々なものに対して心が開かれ、それらを尊重するという態度は、神道に基づくものではないでしょうか。一神教の場合、人々は自分たちの上にある絶対的な存在をひとつだけ尊びます。対する”八百万の神”つまり”あらゆるところに神が存在する”という考え方は、おのずと「すべてのものを受け入れる」という態度を呼び起こす。そういう思想の違いがあるのかな、と」

---あなたいったい何者なんですか…。凄すぎます。今おっしゃった監督のビジョンは、舞台が違えども『イースタン・プレイ』の中に息づいていますね。

「ええ。この映画を作った理由はそこにあります。本作では宗教のことに全く触れていませんが、自分を見失ってしまった人、自分は空っぽなんだと疎外感を抱えた人が登場します。それでも彼らは自分の内側に”拠り所”を見つけ、もういちど必死に羽ばたこうとする。この映画を見た方に、答えは自分の外側ではなく内側にあるのだと、気づいてもらえると嬉しいですね」

カメン・カレフ監督●フリスト・フリストフ(このインタビュー翌日、男優賞を受賞)のこと

---この映画は主演男優フリストさんの実人生を基にしていますね。どうやって彼に切り出したんでしょう。

「彼は子供のころからずっと自己表現の手段を模索しているアーティストで、その一環として「君の内面を映画で表現してみないか?」と声をかけたんです。すると彼は「うん、やるよ」と即答してくれ、こっちもビックリ。それからカメラの前に立たせてみて驚きました。演技の経験がなくてもフリストは臆する素振りさえ見せない。撮影現場での彼は何か大きな使命に突き動かされているようにも見えました」

---生れながらのアーティストだったんですね。

「そう、ボブ・ディランのように」

---彼が急逝したことを知りショックを受けました。この映画は彼の魂そのものですね。

「ええ、その通りです。あるいは、彼が残した言葉に沿うとこういう言い方もできるでしょう。『この世のあらゆる人々は日記を書いている。そしてこの映画は僕にとって日記も同然なんだ』と」

●ブルガリアの都市ソフィアの素顔

---もうひとつの主人公として、ソフィアの街並みが挙げられます。この街をどうやってあれほどヴィヴィッドに描けたのか。その監督術についてお聞かせください。

「私が試みたのは、登場人物の視点によって同じ街並みを全く違う表情に切り取って見せることです。兄イツォ、弟ゲオルギ、そしてトルコからの旅行者、彼らが”Eastern Plays(東側=ブルガリアの劇)”の担い手となるわけですが、それぞれの異なったビジョンを織り込むことで同じ街が決して画一的に映らないようにしました。

これは映画に対する私の考え方でもある。すべてのものは黒であり、同時に白であると私は考えます。人間の数だけそこにはビジョンがある。

仮にすべてを黒く塗りつぶす表現があるとすれば、それは作り手のエゴに過ぎません。すべての風景には黒も白も、そして光も闇も確実に存在する。

だから私は、光があるところにはきちんと光が見えるんだと、ありのままの現実を表現したかった。ただそれだけです」

---あなたはまるで哲学者のようですね。

「ははは。まさか。でも、哲学とはそもそも自分の内面を多角的に知る試みです。案外、映画と共通するところがあるのかもしれません」

---本日は興味深いお話をありがとうございました!明日の授賞式(10月25日)での健闘を祈っています。

「こちらこそ、アリガトウ」

公式サイト:
東京国際映画祭 http://www.tiff-jp.net/ja/
Eastern Plays http://www.easternplays.com/

【映画ライター】牛津厚信