東京国際映画祭グランプリ受賞作『トルパン』単独インタビュー

10月26日、第21回東京国際映画祭はコンペ部門の頂点「東京サクラグランプリ」に
『トルパン』を選出して幕を閉じました。審査員が満場一致で「この映画しかない!」と
絶賛した本作は、カザフスタンの広大なステップ地帯に生きる遊牧民の姿を温かく、
そして微笑ましく描いた逸品です。

081103_tulpan_01.jpgこの授賞式から遡ること二日、監督のセルゲイ・ドヴォルツェヴォイさん、耳の大きな
主人公を演じたアスハット・クチンチレコフさん、優しくもたくましい姉を演じた
サマル・エスリャーモヴァさんに単独インタビューすることができました。

まだ自分たちに栄冠が輝くとは露ほども知らない「王者たち」の素顔をご覧ください。


 ◆究極のリアリズムからフィクションが立ち上がる

---映画界では「どんな名優も、子役と動物には敵わない」と言われますが、
『トルパン』ではその常識を覆し、大人も子供も羊もラクダもタコも、同じステップの
大地でみんな平等に描かれています。監督はいったいどんな魔法を使ったのですか?


081103_tulpan_sergey.jpg【セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ(以下:セルゲイ/監督)】

 この映画はステップでの実生活に近い描写が続きます。
 ですから私は、子役や動物から大人にいたるまで、できるだけ各々の生まれ持った
 個性や温かさをそのままカメラに納めたいと思いました。

 同じユルト(テント)に住む3人の兄弟が出てきますよね。彼らはみな気心の知れた
 親戚同士なんです。そこにアスハットやサマルらを加えて、一か月くらい衣食住を
 共にしてもらいました。もちろん動物たちも交えて。 その結果はご覧の通り。
 撮影初日には本当の家族のような関係性ができあがっていました。

 映画は「真実」を引き出すことが大切です。私は「演技」よりも、心の内から
 湧き出てくる「真実」を見せたかった。『トルパン』はそうやって達成された作品です。

---映画を観てると、バックに砂嵐や竜巻や稲光が映り込んでいて、
とにかくどのシーンも壮絶な現場を想像させます。アスハットさんとサマルさんは
演じていて監督のことが嫌いになったりしませんでした?


081103_tulpan_samal.jpg【サマル・エスリャーモヴァ(以下:サマル/女優)】

 いいえ、ちっとも(笑)。本当に興味深い体験をさせてもらったんです。
 強い風に吹かれて「おおー」って翻弄されて、大地から力強いエネルギーを
 たくさんもらいましたよ。

【セルゲイ/監督】
 あ、もちろん竜巻から稲光までぜんぶ本当に起こっているものです。
 CGや視覚効果はいっさいありません。

---アスハットさんはいかがでした?


081103_tulpan_askhat.jpg【アスハット・クチンチレコフ(以下:アスハット/男優)】

 もうすべてがはじめての体験で、1秒1秒のカットを慎重に重ねていく苦労を
 身に沁みて感じましたね。そして監督から受けた影響はとても大きかった。
 ずっとその姿を見つめてきたので、僕も将来、このカザフスタンの大地で映画を
 手がけてみたいという夢を持つようになりました。

◆そこではマジックリアリズムが巻き起こっている

---『トルパン』では圧倒的な長回しが幾度も登場します。
撮影中、おふたりはどのようにカメラと向き合っていたのでしょう?

【サマル/女優】
 私は普段、お芝居のお客さん相手に演技をしているのですが、今回の現場では
 「自分がそこに存在していること」が重視されていました。カメラを意識しなきゃとか、
 こういう風に演技しなきゃといった制約が何もなかったんです。
 そういった意味ではステージ上よりもリラックスできたかもしれません。

【アスハット/男優】
 撮影中は完全に『トルパン』の世界に浸っていて、特別な雰囲気に包まれていました。
 いつの間にかすっかりカメラが回っているのを忘れて、役になりきっていることが
 多かったですね。

---そんなリアリズムを追求する一方、ラストにはチューリップの花が思わぬ
至福の瞬間を巻き起こします。監督はこの花にどんなメッセージを込めたのでしょう?

【セルゲイ/監督】
 「トルパン」は私たちの言葉で「チューリップ」という意味で、同時に主人公が恋する
 少女の名前でもあります。つまりこの花は、簡単には叶わない夢、生きていくための
 目標を表しています。

 だから私はこの少女の姿を最後まで見せなかった。簡単には見せたくなかった。
 そうすることで夢を叶えるために力強く生きていこうとする主人公の圧倒的な
 エネルギーを観客の皆さんに感じてもらいたかったのです。

---なるほど、この映画に触れた観客の多くは心の中にトルパンが花咲くのを
確かに感じると思います。

【セルゲイ/監督】
 そう言ってもらえると嬉しいですね。時として映画は見えるモノよりも
 見えないモノの方が多くを伝えることがあります。
 なるべく意識して観客に委ねることに徹したつもりです。
 日本の皆さんにも、そこから何かを感じ取っていただければと思います。


081103_tulpan_02.jpg映画 『トルパン』

<監督>
 セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ

<キャスト>
 アスハット・クチンチレコフ
 サマル・エスリャーモヴァ
 オンダスン・ベシクバーソフ

(C) TULPAN

【映画ライター】牛津厚信