マイレージ、マイライフ

“現代”を鮮やかに照射

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ADSLが普及し始めた頃、あるクラシック音楽の雑誌に原稿を送ったら、当日レイアウトがFAXで送られた事があった。もうパソコン無しでは仕事は出来ないなと感じたが、案の定、予感は的中。今は、メール入稿ばかりで、編集者と直接会う機会は皆無となった。これが現代の社会なのだろうが、何となく味気なく感じている方も少なくないだろう。
本作は、そんな時代を如実に捉えたタイムリーな作品。主人公は、リストラされる人たちに解雇を告げるため全米を飛び回る男ライアン・ビンガム。この”飛び回る”という表現は誇張でもなんでもなく、実際彼は年間322日も出張し、航空会社のマイレージを1000万マイル貯める事を目標にしている。何しろ、彼の人生哲学は、”バックパックに入らない荷物はいっさい背負わない”ことなのだ!
そんなライアンに二つの出会いが訪れる。ひとつは、自分と同じように出張で各地を飛び回るキャリアウーマン、アレックス。二人は早速意気投合し、ベッドイン。勿論、お互いを干渉せず、距離を置いて付き合う気軽な”大人の関係”だ。もうひとつは、ボスのクレイグから紹介された新入社員のナタリー。ネット世代の彼女は、ネット上で解雇通知を行い、出張を廃止するというとんでもない案を提出する。ライアンの立場と目標1000万マイルを危うくする元凶のこの小娘の教育係となった彼は、徹底的に実践的なやり方を教え込み、衝突を繰り返す。だが、実際にリストラを告げ、リストラされる人々の人生の重さに直接触れると、若い彼女の心には波風が吹き始める。それは、恋人からメール1本で別れを告げられた事で、頂点に達した。
そんな時、ライアン、アレックス、ナタリーは初めて3人で邂逅する。アレックスに15年後の自分の目標を見出したナタリーの一言が、ライアンの心に、それまで感じたことのなかった何かをもたらすが…。

粋でスマートな現代の寓話

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必要最小限の荷物だけをバックパックに詰め、無駄のない動きで空港のゲートを潜り抜ける。ホテルでは行列を尻目に会員専用デスクでチェックイン。そんなライアンの日常を軽快なテンポで描いたオープニングの心地良いリズムにまず引き込まれる。そのスピーディで快適なイメージは、まさしく”現代社会”そのもの!カリカチュアされたコミカルな描写の中に現代を活写するジェイソン・ライトマン(「サンキュー・スモーキング」「JUNO/ジュノ」)ならではの知的な作風が凝縮された粋でスマートなプロローグであリ、それが作品全体のトーンを形成している。
そんなスマートな生活に徹し、人との関わりを持たずに生きようとするライアンの心の軌跡。妹の結婚式に出席すべく、アレックスと共に久しぶりに郷里に戻った彼に戸惑う疎遠だった家族たち。彼がリストラを宣告する人々。様々な人間との出会いが、彼の心に”人と本当につながる”事への欲求を沸き起こしていく…。
その過程で彼が遭遇する多くの問題ーリストラ、転職、ネット社会、人間関係、結婚、シングルライフ、ポイント生活、依存症。それらはいずれも、現代社会に生きるすべての人々が遭遇するアクチュアルなものばかりで、ライトマンの”我々の生きる時代”への鋭い感性を感じさせる。そして、それは、アメリカ映画が世界のトップを走る原動力である”常に時代を見つめ、呼吸し続ける”アクチュアルな現代性と見事に合致するのである。
だが、本作は、従来のハリウッド的作品とは異なり、必ずしも万人に幸福感をもたらす展開になっていない。その代わり、ライアンの心象風景を通じて、観客一人一人が、”現代”を、そして”いまを生きる”自分自身を見つめ直し、見終わった後に、日々の生活にほんの少し優しい眼差しを注げる。そんな一服の清涼剤のような味わいを感じさせる作品に仕上がっている。

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ライアン役はジョージ・クルーニー。等身大の役柄を人間味豊かに演じ、役者として脂の乗り切った好演を見せる。何にしろ、大スター・クルーニーを使い、ライトマンという若い才能に、ハリウッド作品とは一味も二味も違う作品を撮らせてしまうのだから、アメリカ映画界の底力は、まだまだ衰えていないようだ。

「マイレージ、マイライフ」
2009年 アメリカ映画
カラー 109分 

監督/ジェイソン・ライトマン 
製作総指揮/トム・ポロック、ジョー・メジャック、テッド・グリフィン、マイケル・ビューグ
製作/ジェイソン・ライトマン、アイヴァン・ライトマン
原作/ウォルター・カーン 
脚本/ジェーソン・ライトマン、シェルドン・ターナー 
撮影/エリック・スティールバーグ
音楽/ロルフ・ケント
出演/ジョージ・クルーニー、ジェイソン・ベイトマン、ヴェラ・ファーミガ、アナ・ケンドリック、
    ジェイソン・ベイトマン、メラニー・リンスキー、サム・エリオット、J・K・シモンズ、
    ザック・ガリフィアナキス 

配給:パラマウント・ピクハーズ
2010年3月20日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開

公式HP:http://www.mile-life.jp/

【映画ライター】渡辺稔之

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カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2010年3月18日 by p-movie.com