127時間

生きて帰りたい。
断崖に挟まれた一人の青年の、究極の<決断>―。
彼の勇気が世界に感動を与えた、奇跡の実話!

127時間

『スラムドッグ・ミリオネア』からもっと遠く、さらにぶっ飛んだ景色を望むために、ダニー・ボイル監督はとんでもない素材に手を出した。それはひとりの若者アーロン・ラルストンの超絶的なメモワール。トレッキング中に落石によって手を挟まれ、身動きとれなくなった彼は、生還までの127時間、何を想い、どんな情景を心にめぐらせ、如何なる決意を持って最後の脱出を試みたのか―。

脚本サイモン・ビューフォイ、音楽A.R.ラーマンともに『スラムドッグ』のチームである。が、主な出演者はジェームズ・フランコひとり。ビューフォイにとってはひとり芝居か、あるいは密室劇の脚本を執筆するみたいな感覚さえあったかもしれない。しかしそれを束ねるダニー・ボイルに至っては、この極限の閉所感覚に驚くべきイマジネーションで立ち向ってみせるのだ。フィジカルを越えろ、イマジネーションを使え、人はその想像領域においてどれほどまでも羽ばたける、と言わんばかりに。

そもそも僕はオープニング・シークエンスからして腰が砕けそうになった。A.R.ラーマンによる壮大な楽曲(スラムドッグよりも数倍パワーアップしているように感じる)に乗せて映し出されるのは想像だにしない地球の鼓動だった。朝が来る。陽が昇り、人々が営みをはじめる。通勤ラッシュ。そしてスタジアムでは人々が諸手を挙げて全身全霊で歓喜を体現する。大歓声。

『スラムドッグ』のエンディングでは出演者たちがインド映画おなじみの群舞を披露したが、本作では冒頭から主人公に代わってカメラが、映像が、アクロバティックなダンスを披露し、意識を更なる高みへと飛翔させる。たかがメモワールかもしれない。だが本作には男の辿る悪夢と陶酔の8日間の心的葛藤を、地球レベルの歓喜の歌とシンクロしたかのような圧倒的高揚が刻まれている。

時に運命は絶望の中でユーモラスに微笑み、また朦朧とした中で過酷な決断を突きつける。スクリーンに映し出される肉体的な苦闘と、その創造性あふれる精神世界との振り子運動を、観客もラルストンと共に共有することになるだろう。それゆえ、かなりの精神的緊張を強いられる場面もある。そしてふと気付くと、我々もいつしか傍観者ではなく彼と同じく体験者としてこの映画に懸命なまでに参加してしまっている。

手を頑なに食らい込んだ岩肌はひとつのきっかけに過ぎない。誰もが心に抱える精神的メタファーと捉えることもできる。そこで自由を奪われながらもやがて想いの大部分を占めるようになるのは、これまでの人生と、仕事、恋人、友人、家族、そしてここを切り抜けさえすれば在り得るかもしれない未来のビジョンだ。ごく親しい佳き人たちがいま、記憶の側から自分に頬笑みかける。生きる希望を与えてくれる。ここには過去から現在へと連なってきた生命の連鎖がある。自分には今このとき、この窮地を乗り越え、後に築かねばならない未来がたくさん残っている。そう確信したとき、彼の取るべき行動は一つしかない。

そこから一気に解き放たれる瞬間のカタルシスと言ったら、今すぐ身体に羽根が生えて飛んでいってしまうかってくらいの高揚とエクスタシーと、そして忘れてはならない、沸々と湧きおこる“感謝の気持ち”を伴っていた。誰に向けて、とは言わない。自分を支えてくれるあらゆる人間、いや自然、地球、宇宙をも含めた、すべての万物に対しての感謝の気持ちであふれかえっていく。

127時間

え?ネタばれしすぎだって?いやいや、こんなのほんの“あらすじ”に過ぎない。この映画ばかりは体験してみない一切わからない。しかも劇場で、主人公と痛みを共有しながらでないと、何も語れない。何の意味もない。

言葉が足りずに不甲斐ないが、『127時間』は僕にとってそんな映画だったのだ。たぶん、あなたにとっても。

なお、アメリカの映画祭で初お披露目された折には「観客に緊張を強いるワンシーン」において体調を崩した観客がいたという。そして先日ツイッター上で伺った意見によると、日本の試写会でも気分が悪くなった方がいらっしゃったようだ。アメリカでのレーティングはRなのにもかかわらず、日本の映倫審査では「G」(誰でも観賞可能)となっている。これでは観客の心構えに隙を作ることになるので、あえて「心臓の悪い方や精神的な刺激に過敏な方はご用心を」と書き添えておきたい。

127時間

公式サイト http://127movie.gaga.ne.jp/
6月18日(土)TOHOシネマズシャンテ、シネクイントほか全国ロードショー

(C)2010 TWENTIETH CENTURY FOX

【ライター】牛津厚信

127時間


カテゴリー: アメリカ | ヨーロッパ | 映画レビュー

2011年6月21日 by p-movie.com