ハクソー・リッジ

ハクソー・リッジ


(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

銃も手榴弾もナイフさえも、何ひとつ武器を持たずに第2次世界大戦・沖縄の激戦地(ハクソー・リッジ)を駆けまわり、たった1人で75人もの命を救った男がいた。彼の名は、デズモンド・ドス。重傷を負って倒れている日本兵に手当てを施したことさえある。終戦後、良心的兵役拒否者としては、アメリカ史上初めての名誉勲章が授与された。
なぜ、彼は武器を持つことを拒んだのか?なんのために、命を救い続けたのか? いったいどうやって、奇跡を成し遂げたのか?“命を奪う戦場で、命を救おうとした”1人の男の葛藤と強い信念を浮き彫りにしていく─実話から生まれた衝撃の物語。

〈ハクソー・リッジとは…〉
第2次世界大戦の激戦地・沖縄の前田高地のこと。多くの死者を出した壮絶な戦いの場として知られている。ハクソーとは弓鋸で、リッジとは崖の意味。150メートルの断崖絶壁の崖が、のこぎりのように険しくなっていたことから、最大の苦戦を強いられたアメリカ軍が、“ハクソー・リッジ”と呼んだ。

第2次世界大戦が日に日に激化し、デズモンドの弟も周りの友人たちも次々と出征する。そんな中、子供時代の苦い経験から、「汝、殺すことなかれ」という教えを大切にしてきたデズモンドは、「衛生兵であれば自分も国に尽くすことができる」と陸軍に志願する。グローヴァー大尉(サム・ワーシントン)の部隊に配属され、ジャクソン基地で上官のハウエル軍曹(ヴィンス・ヴォーン)から厳しい訓練を受けるデズモンド。体力には自信があり、戦場に見立てた泥道を這いずり回り、全速力で障害物によじ登るのは何の苦もなかった。だが、狙撃の訓練が始まった時、デズモンドは断固として銃に触れることを拒絶する。軍務には何の問題もなく「人を殺せないだけです」と主張するデズモンドは、「戦争は人を殺すことだ」と呆れるグローヴァー大尉から、命令に従えないのなら、除隊しろと宣告される。その日から、上官と兵士たちの嫌がらせが始まるが、デズモンドの決意は微塵も揺るがなかった。しかし、ついに命令拒否として軍法会議にかけられることになる。
「皆は殺すが、僕は助けたい」─軍法会議で堂々と宣言するデズモンド。ところが、意外な人物の尽力で、デズモンドの主張は認められ、武器を持たずに戦場に向かうことを許可される。
 1945年5月、沖縄。グローヴァー大尉に率いられて、「ハクソー・リッジ」に到着したデズモンドら兵士たち。先発部隊が6回登って6回撃退された末に壊滅した激戦地だ。150mの絶壁を登り、前進した瞬間、四方八方からの攻撃で、秒速で倒れていく兵士たち。ひるむことなく何度でも、戦場に散らばった命を拾い続けるデズモンド。しかし、武器を持たないデズモンドに、さらなる過酷な戦いが待ち受けていた…。


(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

幼少期に観たTV『コンバット』で、戦うことが目的の兵士の中に、“衛生兵“という戦わない兵士がいることを知った。役名はドク(2人いたが、有名なのはカーター)。彼は戦闘をせず、負傷した仲間に黙々と応急処置を施していた。なぜ撃たれてしまうかもしれないのに、銃弾の下をかいくぐり、ただ仲間を助けるだけしかしないのか? 当時の私たちにとっても、地味な役割のためか人気がなかった。やはり子供にとっては、人の命を救う崇高な使命なんて全然わからなかったのである。その衛生兵(カーター)でも護身用に拳銃は携行していたのだから、「敵を殺さなければ自分が殺される」という過酷な状況において武器を持たずに従軍するには、個人にとっても強靭な精神力が必要だったし、部隊の仲間にとっては、命を預けられない厄介な忌むべき存在であったに違いない。それが隊内のイジメの対象となったことも当然だと思う。

それでも、それでもだ。「皆は殺すが、僕は助けたい」と軍法会議で宣言するデズモンド。「信念を曲げたら生きていけない!」それが信仰心というものなのか?かくも強靱なものなのか?どこまで信念を貫けるものなのか? 信仰心の薄い私などはただただ驚嘆であった。信仰心といえば、奇しくもアンドリュー・ガーフィールドは本作と、先に公開された『沈黙 -サイレンス-』の中でも信仰心について言及している。舞台は同じ日本。ただしこちらはハッピーエンドではない重いテーマだったが…。


(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

さて、本作では3つの世界が舞台として描かれる。デズモンドの命に対する確固たる信念が培われた少年期、兵舎、そして狂気に満ちたハクソー・リッジである。デズモンドの信念がいかに強靭なものであったかを描くためにも、その対比としてメル・ギブソン監督は、戦場が悲惨極まりなかったことを描く必要があった。
映画の戦闘シーンは『プライベート・ライアン』以降、年々、超リアルに描かれるようになってきた。すでに独立戦争やベトナム戦争の戦闘シーンを描いてきたギブソンだが、今回初めて第2次世界大戦を描くことになった。ギブソン流アプローチは、とにかくできるだけ現実に近付ける、なるべくCGを使わずに、カメラでの撮影の効果を最大限に利用する、“全てを実際に行う”というもの。結果、『ハクソー・リッジ』はリアル感においては、自分が実際にその世界にいるかのように感じられ、悲惨さにおいて今までのどの作品よりも群を抜いており残酷極まるものとなった。私は、日本兵よりも、感情移入は完全に米軍になってしまうという、複雑な気持ちになってしまったが、ことさらに日本兵の狡猾さ、残酷さを強調するような描き方はされていない。とかく残酷な戦場描写が話題になりそうな本作だが、第89回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞など6部門でノミネートされ、編集賞と録音賞の2部門を受賞。単純な戦争アクションではなく、信仰心の力をテーマにした強烈な作品である。

<CREDIT>

■出演者:アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、テリーサ・パーマー、ヴィンス・ヴォーン、ヒューゴ・ウィーヴィング
■監督:メル・ギブソン
■配給:キノフィルムズ
■2016年/アメリカ・オーストラリア/139分
■原題:『Hacksaw Ridge』

2017年6月24日(土)全国ロードショー

公式ホームページ
http://hacksawridge.jp/

(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

【ライター】戸岐和宏


カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2017年6月19日 by p-movie.com