東京フィルメックス閉会式(2010.12.06)

第11回東京フィルメックスはその最高賞に『ふゆの獣』を選出して9日間に渡る熱い日々に幕を閉じた。そのクロージング・セレモニーの模様をレポートする。

■猫たちに捧ぐ

受賞結果の発表はまず観客賞から。

選ばれたのは『選挙』や『精神』といったドキュメンタリーで名高い想田和弘監督の『Peace』(日本・米)だった。

日本の福祉風景にカメラを向けながらも、その内容からは次第に戦争と平和、人間の生と死といったテーマが浮かび上がってくる。

受賞スピーチにて監督は「作品が作品ですから、自分には観客賞など一生縁がないモノと思っていました。これは恐らく、映画に出演してくれた猫たちのおかげでしょう。猫たちはアナゴが大好物なので、今度、感謝の意味を込めてお土産にもっていきたいと思います」と語り、会場を和ませた。

■通訳者の涙

続いて審査員特別賞の発表。

受賞したのはハオ・ジェ監督の『独身男』(中国)だった。

北京から150キロ離れた村を舞台に、独身の中年男が若い妻をめとったことから巻き起こる波乱をドキュメンタリー・タッチで描いた作品だ。

審査員は本作について「演技経験の無い村人たちとのコラボレーションから育った高い有機性と、中国農村部に存在する人間の性欲と社会問題を中立的な視点で描いている」と高く評価した。

壇上に上がり、賞状、トロフィーを受け取ったハオ・ジェ監督は終始うやうやしく、腰の位置まで頭を垂れて謝意を示し、受賞スピーチでは開口一番「はあー…」と深い溜息。すぐには言葉の出てこない心境を全身で表現していた。

「これは私の初めての作品なので未熟な点も多々あります。でも少しだけいいところがあるとすれば、それは我々と共に良い関係、良い空気を作ってくれた村人たちのお陰でしょう。彼らに心から感謝したい」

優しく穏やかに響き渡るハオ・ジェ監督の声は、さらに「個人的なことですが…」と付け加えた。

「実はこの脚本を手掛けているのは私と母と父の3人なのですが、父は製作途中の2008年に他界しました。しかし私は製作中も、いまこの瞬間にも、父がどこか別の世界から私を見守ってくれているのを感じています」

これまで緊張のあまり目線が泳ぎがちだったハオ・ジェ監督が、次の瞬間、落ち着いた表情で、会場を仰ぎ見て、こう続けた。

「お父さん、あなたの息子は大丈夫です。これからも一緒にがんばっていきましょう」

通訳さんが喋れなくなった。ジェスチャーで「ごめんなさい」と断わって涙をぬぐい、掠れた声で言葉を訳した。

この方を媒介に、観客側にもとめどない想いが溢れてきた。

映画とはまた違うドラマが、そこに生まれていた。

■自主製作の底力

映画祭の締めくくりとして最優秀作品賞が発表された。

冒頭にも紹介したとおり『ふゆの獣』。1つの職場で巻き起こる4人の男女の激しいぶつかり合いを描いた作品だ。

審査員団からは「映画的手法を用いて心理ドラマを類稀なる強烈なレベルへと発展させている。特にカメラの使い方が際立っており、俳優たちの演技も同様に素晴らしい」との賛辞が贈られた。

登壇した内田監督は「このような事態を誰が想像したでしょうか」と反語表現で切り出し、「期間中、他の監督の作品を観るだけでも毎日が喜びであり、感動であり、勉強だった。その上こんな賞をいただけるなんて。何も想定していなかったので、今日の私は映画祭のスタッフTシャツという身なりです」と客席の笑いを誘った。

先の審査員の選考理由には最後にこうも付けくわえられていた。「この作品が非常に限られた予算の中で大きな表現力を極めていることも高く評価します」。

内田監督はその予算を「110万円です」と何の躊躇もなく暴露する。そして「日本の自主製作は本当にレベルが高いと思います。これを機にどんどんみんなが前に出てきてくれれば」とインディーズ界にエールを送った。

そして監督の呼び掛けに合わせて、客席に並んで座っていた本作の若きキャストたちが立ち上がり、壇上へと駆け上がった。その姿には見ているだけで涙が込み上げそうな青々とした新鮮さがあり、会場にはまるで親戚の子が受賞したかのような親しみがじんわりと拡がっていった。

彼らもまたとても謙虚で、客席や審査員にむかって何度も何度も頭を下げていた。キャストを代表して加藤めぐみさんが挨拶に進み出る。

「映画祭で上映していただけるだけで、皆さんにご覧いただけるだけで嬉しかったのに、こんな賞までいただけて本当にありがとうございます」

それから、ちょっと向き直って「監督にも心からお礼を言いたいです」。

「今回の映画はほとんどのシーンがアドリブで撮影されました。私たち4人の演技を信じてカメラを回してくれて、本当にありがとう!」

すべての式次第が執り行われたあと、林加奈子ディレクターによる言葉で閉会式は幕を閉じた。

「観る人がいて、初めて映画は輝きます。観る人と作る人がいて、初めて映画祭が続けられます。刺激的な素晴らしい作品がある限り、フィルメックスはつづきます。みなさん、また来年お逢い致しましょう!」

公式サイトアドレス http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月6日 by p-movie.com

愛が訪れる時(東京フィルメックス 2010.12.06)

東京フィルメックスのコンペティション部門にて『愛が訪れる時』が上映された。『最愛の夏』『お父さん、元気?』などで知られる台湾の名匠チャン・ツォーチ監督による本作は、台湾版アカデミー賞にあたる「金馬奨」最優秀作品賞を受賞したばかり。会場には大勢の観客が駆けつけ祝福ムードに包まれていた。

映画の舞台は台北。カメラはとある大家族の経営する飲食店をたゆたうように映し出す。それぞれの面々を捉えたあと、観客の目線は出産間近の母親の巨大なお腹へ。一歩、二歩、進むごとに表情は険しさを増す。きた!陣痛が始まる!店内はもう大騒動。やがて響く産声。本作は、かくも新しい生命の誕生と共に、めでたく幕を開けていく―。

だが、祝福される生命もあれば、一方には自分が望まれずに生まれてきたと感じる者もいる。年頃の少女ライチュンもその一人。彼女はことあるごとに家族と衝突し、やや暴走気味に若さをむさぼる。そして、いつしか予期せぬ妊娠に見舞われることに―。

責任の伴わない行為に家族からは怒号が飛ぶ。が、それでも彼女は産む、と宣言する。いつしか家族も根負けする。子育てに忙しい母、飲んだくれてばかりの父、ガミガミと叱り飛ばす叔母さん、自閉症を患って絵ばかり描いている伯父さん、いつも穏やかなお祖父ちゃん・・・そして日に日に大きくなっていくお腹。胎内で潮の満ちていく周期と同調するかのように、家族の過去や複雑な関係性が少しずつ紐解かれ、観客へと提示されていく。

ここからが本作の本領発揮だ。まさに心に打ち寄せる珠玉のエピソードの波状攻撃。中盤以降、この勢いが止まらない。鳴りやまない音楽の連なりに合わせ、観客は徐々に静かな感動の渦へと身を預けていくことになる。

ときにチカラ技と受け取れる場面もあるだろう。だがその後にはフッと肩の力の抜けた場面がフォローに入る。嗚咽の後には優しい抱擁が待っている。誰かが孤独ならば他の誰かが支えてくれる。それが家族。ほんとうに面倒くさくて、しかしその誰もが大切な存在。オーソドックスだが誰もが共感せずにいられないテーマをここまで丁寧に織り込んでいけたのもチャン・ツォーチ監督の卓越した演出力の成せる業と言えそうだ。

上映後にはチャン・ツォーチ監督をはじめ、主役ライチュン役のリー・イージェ、妹役のリー・ピンイン、伯父アジェ役のガオ・モンジェが登壇。それぞれの役づくりにまつわる裏話を披露した。撮影中、17歳だったというイージェはこう語る。

「私が演じたラオチュンは、ベッドシーンや家族との大喧嘩、パパイヤの木に八つ当たりして叩き折ったり、出産シーンもあった。すべてが未知の体験で本当に大変でしたが、みんなの支えがあって何とか乗り越えられました」

また役作りにおいてモンジェに与えられた課題ついては、ツォーチ監督自らがこう打ち明けた。

「彼の演じるアジェは何時間でも部屋に閉じこもって絵を描き続けるという人物です。彼になりきってもらうためにモンジェには一カ月ほどずっと部屋に閉じこもって、あまり人としゃべらず、ただひたすら絵を描き続けてもらった。劇中に登場する絵?ああ、あれはすべて本当に彼が自分で描いたものなんですよ」

その絵画はまるで人間の純粋さの結晶のごとく観客の心に深い味わいを残す。映画の感動冷めやらぬ客席からはモンジェの役づくりに対して温かい拍手が送られ、彼もまたそれに穏やかな笑顔で応えていた。


『愛が訪れる時』 When Love Comes / 當愛來的時候
台湾 / 2010 / 108分
監督:チャン・ツォーチ (CHANG Tso chi)

公式サイトアドレス http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月6日 by p-movie.com

密告者(東京フィルメックス 2010.12.06)

東京フィルメックスにダンテ・ラム監督のクライム・アクション映画『密告者』がお目見えした。

会場に足を踏み入れて驚いたのは、その観客の多さだった。終映時間が23時を越えるにも関わらず客席の8割が埋まっている。これまでジョニー・トー、ヤウ・ナイホイ、ソイ・チェンらを紹介してきた「フィルメックス香港アクション&サスペンス枠」は今なおそのブランド力を発揮しつづけているようだ。

本作は貴金属店を狙う凶悪強盗団を一網打尽にすべく送りこまれたひとりの密告者(内通者)と、彼と連絡を取り合う刑事をめぐる手に汗握るアクションだ。

『ブレイキング・ニュース』『エグザイル』『コネクテッド』などの熱い演技で知られるニック・チョンが、今回は黒ブチ眼鏡をかけ外見はクールにその分、内面で激しく想いをたぎらせる。また、ニコラス・ツェーがスキンヘッドで密告者役を、台湾女優グイ・ルンメイがこれまでとはガラリと印象を変えた犯罪者役で登場するなど、そのキャスティングにも見ごたえたっぷり。

それに香港アクションといえば、もはやお馴染みとなりつつある市街地ロケの生々しさはこの映画でも相変わらずだ。ひょんなことから巡りあった密告者とひとりの女性とが手を取り合って警察の追跡を交わしていくシーンでも、歩道には溢れかえるほどの群衆が「何事か?」とその様子を眺めやり、もはや彼らがエキストラなのか本当の通行人なのか皆目分からない。そんな予想不可能性すら包含しながら、無軌道に膨張していくのも醍醐味のひとつ。

また、いざという見せ場に及ぶと、これがダンテ・ラムのお家芸なのか、どんどん閉所へと追い込まれていく独特の息苦しさが襲い来る。駐車場の車両と車両の狭間で身動きが取れなくなっていく窮屈感、廃校にておびただしい数の机や椅子を懸命にかき分けて逃げ道を開拓せざるを得ない絶望感など、これまで「アクションは広い場所で撮るもの」とされてきた常識を覆す新たな演出の妙を垣間見た想いがする。なので、悪役キャラの弱さと、時に話を詰め込み過ぎて「あれ?」と首を傾げてしまうのもご愛敬といったところか。

中国本土に押され気味の香港映画界だが、こんな崖っぷちだからこそこれからもちょっと変わったアクションの形が多数輩出されていきそうだ。変貌していく街並み、そこで巻き起こるエンタテインメントの息遣いを、また来年もフィルメックスで伝えてほしい。

『密告者』 The Stool Pigeon / 綫人
香港 / 2010 / 112分
監督:ダンテ・ラム (Dante LAM / 林超賢)

公式サイトアドレス http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月6日 by p-movie.com

The Depths(東京フィルメックス 2010.12.01)

東京フィルメックスの特別招待作品として濱口竜介監督の『The Depths』が上映された。会場には濱口監督の前作『PASSION』に魅了された人やキム・ミンジュンさんをはじめとする出演者のファンの方々が期待を胸に多数詰めかけていた。

本作は東京藝大大学院と韓国国立映画アカデミーが共同で製作。2校間で行われたコンペでこの脚本が選ばれ、その後、濱口監督に「やってみないか?」と声がかかったという。

作中では韓国語と日本語、ふたつの言語が乱れ飛ぶ。そしてなにかと“関係性”について考えさせられる。男と女、男と男、女と女、写真家と被写体、対向車線。それらは互いに並走し、交錯し、離反していく。またその一連の過程はカメラを介した「観察し、照準を合わせ、撮る」という儀式的動作とも連動し、呼吸を同じくしているように思えた。

主人公は韓国人の写真家ぺファン。親友の婚礼のために来日した彼が空港から都心部へ向かう列車内で映画は幕を開ける。おもむろに外へ向けられるカメラ。ファインダー越しに映る車窓の風景。続くシャッター音。写真家という神の視点によって、街の風景が次々と切り取られていく。

披露宴は新婦の逃亡でお通夜のような転調を余儀なくされた。彼女はこともあろうに女の恋人と共に式場を去ったのだった。それを間近で目撃しながら親友に打ち明けられないぺファン。いやそれよりも彼は、新婦が去りゆくなか、眼前を風のように通り抜けていった青年の相貌が忘れられない。あのとき、彼は無心でシャッターを切った。そして運命のいたずらはふたたび彼らを結びつけることに。。。

監督によるとdepthとはカメラ用語の“深度”を意味し、それに複数形のsをつけると今度は“人の心の奥底”という意味に転じるのだという。このタイトル通り、すべての俳優がキャラクターに照準を合わせ、心の奥底を剥きだしにして、覚悟を決めて役を演じきっている。

またQ&Aで村上淳さんは監督の力量をこう表現した。

「濱口監督の傑出した才能のウワサはずっと聴いてたんですが、今回はじめて一緒に仕事してみて本当に映画と真っ直ぐに向き合ってる監督だなと感じましたね。何よりも『よーい、スタート!』の声がデカイんですよ。これってすごく大切なこと。俳優にとって実に頼もしい存在に思えました」

今後、濱口監督が日本の映画界を牽引していく存在になる過程をしかと注視していきたい。

『The Depths』The Depths
日本、韓国 / 2010 / 121分
監督:濱口竜介 (HAMAGUCHI Ryusuke)

公式サイト http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月2日 by p-movie.com

アンチ・ガス・スキン(東京フィルメックス 2010.12.01)

東京フィルメックスのコンペ部門にて上映された『アンチ・ガス・スキン』は“恐るべき子供たち”とも呼ばれるキム兄弟が監督を手掛けた異色作だ。ホラーともコメディともナイトメアとも受け取れるこの映画の風体に詰めかけた観客も大いに身をのけぞらせた。

映画はまず不気味なガスマスクを被った殺人鬼の姿を映し出す。その表情は全く見えない。それが人間なのか否なのかさえ分からない。ただ彼(または彼女)の手にした刃物からは、一滴、また一滴と血が滴り落ちている。

殺人鬼は一向に捕まらなかった。貼り出された「指名手配」の人相書きが人々の恐怖を極限まで煽りたてる中、顔に毛が生えたオオカミ少女、ソウル市長候補、スーパーマンになりたいカンフー青年、そして米軍兵士といった4人の主人公たちが、それぞれに激しいパラノイアに蝕まれていく―。

正直、この映画のラストは誰しもの想像を越えた大暴走が展開する。これに付いていけるか、否か、あるいは理解できるか、否か。そういう観客の好みが大きく分かれるところこそ、実は監督の大切な想いや自我が埋め込まれたポイントだったりするわけで、フィルメックスの観客たちもそういう作家主義の特性を充分理解して祝福している様子だった。


それゆえQ&Aではお客さんの問いかけによって作品に込められた監督の意図が次々と明らかになり、ベールが一枚一枚と剥がされ、作品の足元が少しずつ定まっていくのを感じることができた。

なるほど、これは監督から見た韓国の姿だったようだ。

そこには無数の心的、外的問題を抱えながら、そのパラノイアを克服しようと悶え苦しむ国民の姿が投影されている。米軍問題、牛肉問題、政治的、社会的、家族的、宗教的なテーマの数々。そして結論的には「我々が抱えている憎悪の対象はあまりにも実態がない。あるいはあまりにも対象が広大すぎて、特定することが困難だ」というメッセージに行きつくようだ。

フィルムを通してこんなにも切実な韓国人の心象を垣間見たのは初めての経験だった。これぞ映画祭ならではの瞬間なのだろう。

『アンチ・ガス・スキン』 Anti Gas Skin / 防毒皮/BANGDOKPI
韓国 / 2010 / 123分
監督:キム・ゴク、キム・ソン (KIM Gok / KIM Sun)

公式サイト http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月2日 by p-movie.com