『激情』監督&主演女優インタビュー

東京国際映画祭、審査員特別賞受賞!
かつて南米よりスペインへ移住してきた男と女。建設現場で働くホセ・マリアが恋人へ注ぐ激しすぎる愛情は、彼の犯した罪をきっかけにやがて究極のカタチへと豹変しはじめる・・・。TIFFコンペティション部門に出品された世にも奇妙なラブストーリー『激情』。その監督&主演女優コンビにお話を伺いました。

gekijou01.jpg―なんと奇妙な物語なんでしょう。殺人を犯した移民の男が、恋人の給仕するお屋敷に忍びこみ、屋根裏に隠れながら彼女の生活をじっと見守り続ける…。直観的な感想で恐縮ですが、すごく日本人好みの映画なんじゃないかな?と思いました。

セバスチャン・コルデロ(監督)
「公式上映での日本のお客さんの反応も上々でした。あなたが言うように、何か日本人の感性を刺激するものがあるのかも…。実は、撮影初日に友人が日本の怪奇話を教えてくれたんです。とある男の住むアパートに見ず知らずの女が隠れて暮らしていて、男が外出したりベッドで眠ると彼女がゴソゴソ這い出してきて、冷蔵庫の食べ物をあさる…。僕らが描こうとしている物語とエッセンスがよく似ていて、日本に対して親近感を持ちました」

―確かにその都市伝説はよく耳にします(笑)。でもこれらの題材って、日本で映画化されるとなるとたいていホラーになるんですよ。逆にコルデロ監督はとことんリアリズムにこだわっている。とてつもない力量を感じました。

セバスチャン・コルデロ
「ありがとう。僕はジャパニーズ・ホラーも大好きだけどね(笑)。この映画の状況設定はあきらかに現実離れしています。けれど、そんな中でも僕は”信じられる物語”を描きたかった。そのために、登場人物の感情の流れを突き詰めて考え、それを忠実に視覚化していったんです。それがリアリズムの醸成に一役買っていると思う」

―なるほど。一方のマルチナ・ガルシアさんは、この風変りな作品に出演するにあたり戸惑いはありましたか?

gekijou02.jpgマルチナ・ガルシア(主演女優)
「ええ、もちろん(笑)。私自身、役に入り込むタイプの女優なので、撮影中は家族や友人やボーイフレンドを忘れてこのキャラクターに徹しました。そして重要なのはこの映画がセットではなく、実在するお屋敷を使って撮影されたということ。民家と教会とあのお屋敷しかない町で、私たちはほぼ缶詰め状態でした。ほんとうに膨大な時間をあの撮影現場で共有し、四六時中、自分の演じるキャラクターと向き合っていたんです」

―妊娠、出産でどんどん体型の変わっていく役でもありますね。

マルチナ・ガルシア
「そうですね。撮影中のみならず、私のお腹は休憩中も(詰め物で)大きいままでした。これがひとたび限界を超えるとなんだか愛おしく思えてくる。とてもリアルな、本当の子供が育っているような…。この映画を見直すたびに奇妙な想いに囚われるんです。私はこの時たしかに妊娠していた…けれど今、赤ちゃんはいない・・・と(笑)」

―監督はガルシアさんにどのような演技プランを提示したのでしょう?

セバスチャン・コルデロ
「僕の演出スタイルとして、できるだけ会話をすることを重視します。あまりリハーサルを重ねるのではなく、たくさん言葉を重ねることでみんなと同じ方向性、同じ認識を持ちたいと考えているんです。その上で、私が主演俳優のふたりに言ったのは『最高のラブストーリーとは、決して成就しないものである』ということ。これが『激情』の最も強い流れを生みだしていると思う」

マルチナ・ガルシア
「ええ、あのサジェスチョンはとても参考になりました。それに加えてセバスチャンが監督として素晴らしいのは、キャラクターを平等に見つめる目線だと思う。どの役者に対してもオープンで、誰の意見にも真摯に耳を傾けてくれる。それぞれの役の描かれ方について役者たちと何度も確認を繰り返していたのが印象的でした」

―世界的にも有名なギレルモ・デル・トロがプロデューサーを務めていますが、コルデロ監督から見た彼の印象をお聞かせください。

セバスチャン・コルデロ
「ほんとうに素晴らしい人で、映画作りに対する直観的な感性の持ち主です。何て言えばいいんだろう…現場でこうやれば巧くいくという方法論をあらゆる面で熟知している人。僕の前作『ダブロイド』でも製作を務めているけれど、あのとき僕は彼から編集についてたくさんのことを学びました。今後もぜひ一緒に仕事を続けていきたいですね」

gekijou03.jpg―最後におふたりにお聞きします。いま映画界は世界的に低迷していると言われていますが、おふたりが信じる”映画の可能性”は何でしょう?

セバスチャン・コルデロ
「たしかに、ハリウッドに目を向けても、ビジュアル的にはチャレンジングな作品も多いけれど、題材やストーリーの面で明らかに枯渇してきている。でもその反面、こういう映画祭にやってくると、これまで想像もしなかった大胆なアプローチに出逢えることが多々あります。監督もクリエイターも一歩踏み出して、さらなる表現を追究していかなきゃと奮起させられる。こういうアクティブでアーティスティックな空気が持続する限り、僕はとても楽観的でいられるんです」

マルチナ・ガルシア
「じつは私もすごく楽観視しています。経済危機の煽りはあるけれど、世界に目を向けると、とくに南米のほうから新しい声が聞こえている。新たな感性を持った監督、俳優が次々に生まれているんです(コルデロ&ガルシアも南米出身)。これから日本の皆さんにも、ぜひ南米に注目してもらいたいですね」

公式サイト:
東京国際映画祭 http://www.tiff-jp.net/ja/

【映画ライター】牛津厚信

『少年トロツキー』ジェイコブ・ティアニー監督インタビュー

東京国際映画祭・観客賞受賞!
「僕はトロツキーの生まれ変わり!」と宣言した少年が、カナダ・ケベック州の公立学校に革命旋風を巻き起こす…!TIFFコンペティション部門に出品された大興奮の革命狂想曲『少年トロツキー』より、若き奇才となったジェイコブ・ティアニー監督にお話を伺いました。

tiff2009-04-1.jpg■トロツキー?

――まずタイトルからして強烈なわけですが、歴史上の人物から”トロツキー”を選んだ理由をお聞かせください。

「それは僕自身、トロツキーが好きだったからだよ。彼の人生ってすごくバラエティに富んでいて、ロマンティックでもあった。また彼は多くのものを創造し、多くのものを犠牲にした。歴史を知的に変えようとし、また構造的に変えようともした。こんな具合に常にふたつの局面を持ち合わせているところに惹かれたんだ」

―あと、”トロツキー”っていうサウンドがキャッチ―ですよね。

「そうだよね!仮に”The Lenin(レーニン)”ってタイトルにしてごらんよ。みんなそのサウンドに『えっ、(ジョン・)レノンの映画!?』って誤解しちゃうよ(笑)。かといって僕がスターリンにインスパイアされるかっていうと、それは無い。全編が粛清の嵐で、少なくともコメディではなくなるからね(笑)」

――ちなみに、本作のプロデューサーはあなたのお父様ですね。映画の主人公は父親の工場でハンストを起こしますが、ティアニー父子の関係性もやはり…?

「ハハハ。それは大丈夫!なにも問題はなかった。すべて納得づくで、平和的に事が運べたよ」

■ケベックという可能性

――今回の映画祭には文化のせめぎ合う場所からたくさんの物語が集結しいています。その意味で本作の舞台となるカナダのケベック州も映画人の感性を刺激する土地と言えそうですね。

「うん、対立する場合もあるけどね。ハーモニーを築いて共存している場合もある。今回の映画ではなるだけ希望の部分を描きたいとは思ったけれど」

――僕は仮装パーティーのシーンが好きなんです。すごくコミカルなんだけど、登場人物それぞれのアイデンティティが爆発していて。

「あのシーンは楽しいよね。なにしろテーマが”社会主義”だし」

――ジョージ・オーウェルの「動物農場」の扮装をしている生徒までいました。

「そうそう(笑)。映画の雰囲気と同じく、撮影現場でもとにかくみんなでアイディアを出し合って楽しもうと思った。良い衣装があれば自分で持ってきていいよ、ってね。たとえば、アラビアのロレンスの格好をした子がいたんだけど、あれも彼が自分で調達したものなんだ」

――あのダンス・フロアの文化の混雑ぶりはケベックの象徴なんですか?

「うーん、たぶん違うな。たしかにケベックにはいろんな人たちやアイディアに溢れてるけど、あれほど大それたものじゃないよ」

――そうか。僕はてっきり、文化ってものああいう具合に混ざりあって、新しいものに生まれ変わっていくのかなって勝手に解釈していて。

「うん、それはそのとおりだと思う。それがユース・カルチャーだよね。レオンは自分を貫きとおす少年だけど、唯一あのシーンではみんなに楽しんでもらおうと心から奉仕する。あれは彼が周囲に影響されて、突き動かされた瞬間でもあったんだ。彼も混ざり合って変わっていってるんだよ」

――ちなみにこの映画は音楽も素晴らしくって。ケベックのバンドですか?

「うん。モントリオールを拠点とする”マラディブ”というバンドが中心になってくれて、ほかの挿入歌もすべてご当地バンドだよ。この地の音楽はいまとても活気があってね。みんな僕の友人でもあるので、彼らの才能をぜひ世界に紹介したかったんだ」

tiff2009-04-3.jpg■退屈と無関心と、オバマの台頭

――やがてレオンの前に立ちふさがる全校生徒の「退屈と無関心」という壁についても面白く見ました。

「たぶん、ユース・カルチャー特有の傾向なんだろうね。だけど実際に若者と接してみると、決してそんな判を押したような状態じゃないってことが分かる。僕が試みたかったのは、そんな彼らのハートに火をつけて、『さあ、若者たちよ、どうする!?』と問いかけることだったんだ」

――現実問題として、オバマ大統領の登場によって世界の停滞感は改善しましたよね。

「うん、そうした意味ではこの映画は時代の空気を捉えてるんじゃないかな」

――製作と同じ速度でオバマ・ブームが盛り上がってきて、現場も相当盛り上がったんじゃないですか?

「みんな興奮していたよ。僕らの映画とおんなじことがアメリカでも起こり始めたな、って(笑)。オバマの素晴らしさは人々に希望を持つ喜びを思い出させてくれたことだと思う。それが叶うかどうかはまた次のステップとして、ひとつひとつ対処していけばいい。そもそも僕らは、長い間、希望という言葉を忘れてたよね」

tiff2009-04-2.jpg――最後の質問です。いま映画業界の苦境が言われていますが、あなたは映画界のどの部分に”可能性”を見ますか?

「正直言ってとても難しい時期だね。とくにカナダで製作される英語映画に関しては、外見はハリウッド映画と同じなんだけど、でも製作費的には格段の差があって、比較されると僕らに勝ち目はない…」

――ええ。

「でもね、僕は根本的に楽天家なんだ。だからこうポジティブに捉えたい。『世界のどこかで僕の小さな映画を楽しんでくれる観客が必ずいる』ってね!」

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【映画ライター】牛津厚信

『NYスタテンアイランド物語』ジェームズ・デモナコ監督インタビュー

NY市にありながら、多くのニューヨーカーに忘れ去られた地”スタテンアイランド”。ギャングのはびこるキナ臭いこの土地で、今日、3人の男たちの人生が華麗に交錯する…。東京国際映画祭コンペティション部門に出品された唯一のアメリカ映画『NYスタテンアイランド物語』のジェームズ・デモナコ監督にお話を伺いました。

ハリウッドきっての名脚本家として『交渉人』『アサルト13要塞警察』などの名作映画や「キル・ポイント」「Crash」といった人気ドラマを手掛けてきたデモナコ氏が語る”映画の可能性”とはいかに?

tiff2009-03-1.jpg――アメリカ映画でこれほど濃厚な土地の物語が観られるとは思いませんでした。土地の話は語りつくされたと思っていましたから。

「うん、わかるよ(笑)。スタテンアイランドは僕の故郷でもあるんだけど、本当に誰の脳裏からも忘れ去られた土地なんだ。でもだからこそ、創造力をぶちまける甲斐があると思ってね。この脚本を仕上げるのに1年。それから資金集めに6年。気が遠くなるほど時間がかかったよ」

>> googleマップで”スタテンアイランド”を見てみよう!

■ヒットメイカーによるプロデュース

――オープニングのクレジットで思わぬ大物の名前が登場しました。彼が参加することになった経緯をお聞かせください。

「そもそもの始まりは、出資会社がブルース・ウィリスを使いたいと言い出したことだった。僕らはどうやってウィリスに脚本を読んでもらおうか知恵を出し合ったんだが、最終的に『じゃあ、リュック・ベッソンに電話をして、彼からウィリスに手渡してもらおう!』ってことになった。で、ようやくリュックをつかまえると、彼は『わかった、請け負おう。でも先に僕が脚本を読んでからね』ときたもんだ」

――珍客到来ですね。

「ところが、実際に脚本を読んでくれたリュックの反応が上々でね。結局『僕が全部お金を出す。ただしブルース・ウィリスは要らない。イーサン・ホークだけで十分だ』ということになった」

――太っ腹だなあ。そういえばこの映画では、主人公がプールで潜水記録に挑戦するじゃないですか。僕はあれがベッソンの『ディープ・ブルー』に捧げられたものじゃないかと思って。

「ハハハ、そう言われてみれば確かにそうだね(笑)。別にゴマすって書いたわけじゃないよ。あのシーンはちゃんと最初からあったんだ。でも、あのシーンがあったから彼は気に入ってくれたのかも」

――『ディープ・ブルー』のみならず、この映画には古き良きハリウッド調の音楽が高鳴ったり、サイレント然の展開が待ち受けていたり、まるで映画史を俯瞰しているかのようですね。

「そういう風に見てもらえるとすごく嬉しい。僕はフェリーニやチャップリンの大ファンで、彼らへのオマージュもこっそり盛り込んでいる。実は、森を守ろうとするタルゾが木の上に立つシーンはフェリーニの『アマルコルド』から、ラスト近くでジャスパーが踊るシーンはチャップリンの『独裁者』からそれぞれ引用したものなんだよ」

tiff2009-03-2.jpg■名脚本家としての葛藤

――これまで脚本家として成功をおさめてこられ、さらに監督デビューへと舵を切った理由は何だったんですか?

「ずっと監督になりたかったんだ。脚本を書き続けたのは、いずれ監督になったときに必要なスキルだと思ったから。でもね、この仕事は時に辛いものだよ。僕が書いたものを他人が全く別の解釈で映像化していくわけだから…。そもそも僕の初仕事はコッポラ監督作『ジャック』なんだけど、そんな憧れの存在との夢のような現場でさえ、やはり解釈の違いがあって、ヤキモキさせられた」

――難しい問題ですね・・・

「だから僕はあるとき、映画からテレビの世界へ移ったんだ。あっちでは脚本家がある程度、優遇されているからね。でもね、それでは物足りなかった。やっぱり映画が好きだったんだ。結局、僕はこっちの世界に戻ってきてしまった」

tiff2009-03-3.jpg――そこまであなたを虜にする映画の魅力って何なんでしょう?

「子供のころから映画館が大好きだった。家のテレビで映画を観てるといろいろ雑音が入ってくるよね。キッチンの物音や、電話の呼び鈴が鳴り響くたびに集中力が遮断されてしまう。でも映画館だと本当にその映画の世界にのめり込んでしまえる。そうすることによって人間のイマジネーションが本当の意味でかき立てられると思うんだ」

――うんうん。

「それに僕の場合、映画では感動できるけれど、テレビでは不可能だ。どんなに素晴らしいテレビドラマでも、どうしてもそこに心理的な距離を感じてしまう」

――最後に、アメリカの映画人としてお答えください。いま世界はどんどん局地化していて、たとえば「紛争地域のラブストーリー」みたいなものが大量に出現しています。そういう新たな流れに脅威を感じませんか?

「ああ…僕も最近そういうことをよく考えるよ。極限状態の国で、ほんとうに物凄いドラマが生まれている。世界は僕ら”紡ぎ手”が頭の中でひねり出しても敵わないくらいのリアリティに満ちている…」

――そういった潮流にどう対抗していこうと?

「まずは基本に立ち返ることじゃないかな。素晴らしい物語とは、それが極限状態か否かに関わらず、まだいくらでも種があるんじゃないだろうか。大切なのは、僕ら作り手が魂の底からストーリーを紡いでいくこと。それが巧くいけば、破綻のない、感情的なリアリティが生まれるはずだ。それは自ずと国
境を越える。どんな文化に暮らす人にだって浸透していく。僕は現実のリアリティと共に、そういう心のリアリティを大切にしていきたい」

――本日はどうもありがとうございました!

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【映画ライター】牛津厚信

『エイト・タイムズ・アップ』監督&主演女優インタビュー

東京国際映画祭、女優賞受賞!

職もない、息子に会えない、部屋も追い出される。人生のどん底に陥ったミドル三十路のバツイチ女性が、哀しくも爽やかな日々の先に見つけたものは・・・?

TIFFコンペティション部門に出品された”七転び八起き”フレンチ・ムービー『エイト・タイムズ・アップ』より、来日中のシャビ・モリア監督、そしてこのたび晴れて女優賞の受賞を果たしたジュリー・ガイエさんにお話を伺いました。

pmg_img2009110201.jpg●散歩と歌舞伎

―この映画では「履歴書の趣味欄に何と書けば効果的か」という、まさに就活中の方には必見の問答が登場します。そこで飛び出すのが「歌舞伎と散歩」だったり「禅」だったり。日本人にとって興味津々の内容なんですけど(笑)。

シャビ・モリア(監督)
「いちおう言っておきますが、日本のマーケットを狙って”ジャパネスク”に走ったわけじゃありませんよ(笑)。僕自身、日本の文化にはとても魅かれるところがあります。で、同じく今回の主人公も正当な道からちょっとはみ出した女性なので、彼女のキャラづくりのためにも日本の要素をお借りしたというわけです」

―実際の就職活動上でも、このフレーズは実用的でしょうか?たとえばおふたりがオーディションを開くとして、趣味欄に「散歩と歌舞伎」と記入してある応募者を採用しますか?

ジュリー・ガイエ(主演女優)
「私は採用するわよ(笑)」

モリア
「僕も採用する(笑)。”能”って書いてくれたほうが好みだけど」

―ちなみに実際に歌舞伎をご覧になった経験は?

ガイエ
「私はパリで観劇しました。シャイヨー宮で、エビゾウ(海老蔵)さんとお父様の公演を拝見して、それはもう素晴らしかった・・・」

モリア
「僕は今回、カブキザ(歌舞伎座)の前まで行きましたよ。初めての観劇を果たしたかったけれど、入口にお年寄りの方がズラーッと並んでらっしゃるでしょう?中には疲れて座り込んでる方もいらっしゃって。その光景だけでお腹いっぱいになり、今回は断念しました」

●それぞれの初挑戦

―モリアさんは本作で長編監督デビューを飾りましたが、これまでにも小説や短編など様々な形態で作品を発表してこられてますね。

モリア
「僕は毎日、目が覚めるとすぐ誰かに物語を伝えたい衝動に駆られるんです。いろんなストーリーが頭をよぎるんだけど、それぞれに合ったベストな表現方法ってのがあって、これは小説、これは映画、そして僕は漫画の脚本も書いてますから、このストーリーは漫画にピッタリって時もある。唯一、ポップ・ソングを作ったときはあまりうまくいきませんでしたが(笑)」

―あ、うまくいかないときもあるんだ(笑)

モリア
「とある歌手のために作詞を任されたんです。出来上がったものを読んで『難しすぎてよくわからない』と言われました」

―もう一方のガイエさんは『ぼくの大切なともだち』や『メトロで恋して』などで女優として知られ、今回は主演のみならずプロデューサーにも挑戦されてます。

ガイエ
「ええ、長年この業界で女優としてお仕事してきて、少しは人脈もあるつもりなので、資金面で協力してくれる人を探したり、他の様々な才能を持った人材に引き合わせたり、おもに企画のセッティング部分を担ってきました。でも、いざ撮影現場に入ると、私は女優業に集中!とにかく才能あふれるモリア監督が長編デビューするにあたり、彼が頭に描いたことを少しでも実現してほしくて、努力を惜しまなかったつもりです」

モリア
「彼女は脚本執筆の段階から様々なビジョンを提示してくれました。僕にとってはプロデューサーや女優である以上に、”作品作りのパートナー”という言葉がいちばんしっくりくる存在です」

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●フランス流”七転び八起き”

―そんなおふたりのコラボレーションの賜物として、この映画はシリアスな状況を爽やかで気持ちのいい空気へと昇華させてくれました。かといって「大逆転ムービー」というわけでもなく、まさに独特の世界観ですね。

モリア
「ラブコメの女王が活躍するハリウッド映画ではないのでね(笑)。この映画のラストは明るい希望に包まれて幕を閉じますが、かといって彼女がいわゆる人生の”勝ち組”へのしあがっていくかっていうと、そうではないわけで・・・」

ガイエ
「(モリアの発言を引き継いで)答えは”ゴール”ではなく”過程”にこそある、と思うんです。この映画をご覧になる方には、ぜひ主人公の心理的な変化に注目してもらいたいですね。たとえば…あなたは気がついたかしら?映画の中で彼女は、自分から進んでは誰にもタッチしないんですよ」

―あ・・・確かに!誰とも触れてないですね!

モリア
「彼女はこれまで”人に触れる”ってことに憶病になっていた。けれど彼女は変わるんです。クライマックスには自ら進んで子供をギュッと抱き締める。あのシーンは彼女の人生で最大規模の事件だったんです」

ガイエ
「彼女はきっと自分自身を愛することができない人間なのね。でも、大きな一歩を踏み出せた…。そこが私たち流の”七転び八起き”といえるでしょうね」

―本日は貴重なお話、ありがとうございました!

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【映画ライター】牛津厚信

『イースタン・プレイ』カメン・カレフ監督インタビュー

東京国際映画祭3冠(グランプリ、監督賞、男優賞)達成!
TIFFコンペティション部門に出品されたブルガリア映画『イースタン・プレイ』のカメン・カレフ監督に話を伺いました。時は映画祭クロージングの前日。まさか翌日、自作が頂点に輝くとは予想もしていない彼の”生の声”をご覧ください。

カメン・カレフ監督

ドラッグ中毒から抜けだした兄と、ネオナチ組織へ足を踏み入れた弟。ブルガリアの都市ソフィアを舞台に、ふたつの傷ついた魂が救いを求めて彷徨い続ける…。

イースタン・プレイ東京の印象

---まず最初に、ブルガリアの街並みを印象深く切り取った監督がいま東京をどう見つめているのか、ちょっとお聞かせいただけますか。

「そうですね…大きな街で人口も多いのに、とても穏やかで、緊張関係やアグレッシブなところがない。雑音さえあまり聞かれない。この社会がなぜこういう方向に発展できたのか不思議に思います。人間の社会はルールがなければ”我”がどっと噴き出してしまうもの。この国ではいったいどんなルールがあるのか、あるいは国家がコントロールしているのか…」

---とても興味深い考察です。

「たとえば、様々なものに対して心が開かれ、それらを尊重するという態度は、神道に基づくものではないでしょうか。一神教の場合、人々は自分たちの上にある絶対的な存在をひとつだけ尊びます。対する”八百万の神”つまり”あらゆるところに神が存在する”という考え方は、おのずと「すべてのものを受け入れる」という態度を呼び起こす。そういう思想の違いがあるのかな、と」

---あなたいったい何者なんですか…。凄すぎます。今おっしゃった監督のビジョンは、舞台が違えども『イースタン・プレイ』の中に息づいていますね。

「ええ。この映画を作った理由はそこにあります。本作では宗教のことに全く触れていませんが、自分を見失ってしまった人、自分は空っぽなんだと疎外感を抱えた人が登場します。それでも彼らは自分の内側に”拠り所”を見つけ、もういちど必死に羽ばたこうとする。この映画を見た方に、答えは自分の外側ではなく内側にあるのだと、気づいてもらえると嬉しいですね」

カメン・カレフ監督●フリスト・フリストフ(このインタビュー翌日、男優賞を受賞)のこと

---この映画は主演男優フリストさんの実人生を基にしていますね。どうやって彼に切り出したんでしょう。

「彼は子供のころからずっと自己表現の手段を模索しているアーティストで、その一環として「君の内面を映画で表現してみないか?」と声をかけたんです。すると彼は「うん、やるよ」と即答してくれ、こっちもビックリ。それからカメラの前に立たせてみて驚きました。演技の経験がなくてもフリストは臆する素振りさえ見せない。撮影現場での彼は何か大きな使命に突き動かされているようにも見えました」

---生れながらのアーティストだったんですね。

「そう、ボブ・ディランのように」

---彼が急逝したことを知りショックを受けました。この映画は彼の魂そのものですね。

「ええ、その通りです。あるいは、彼が残した言葉に沿うとこういう言い方もできるでしょう。『この世のあらゆる人々は日記を書いている。そしてこの映画は僕にとって日記も同然なんだ』と」

●ブルガリアの都市ソフィアの素顔

---もうひとつの主人公として、ソフィアの街並みが挙げられます。この街をどうやってあれほどヴィヴィッドに描けたのか。その監督術についてお聞かせください。

「私が試みたのは、登場人物の視点によって同じ街並みを全く違う表情に切り取って見せることです。兄イツォ、弟ゲオルギ、そしてトルコからの旅行者、彼らが”Eastern Plays(東側=ブルガリアの劇)”の担い手となるわけですが、それぞれの異なったビジョンを織り込むことで同じ街が決して画一的に映らないようにしました。

これは映画に対する私の考え方でもある。すべてのものは黒であり、同時に白であると私は考えます。人間の数だけそこにはビジョンがある。

仮にすべてを黒く塗りつぶす表現があるとすれば、それは作り手のエゴに過ぎません。すべての風景には黒も白も、そして光も闇も確実に存在する。

だから私は、光があるところにはきちんと光が見えるんだと、ありのままの現実を表現したかった。ただそれだけです」

---あなたはまるで哲学者のようですね。

「ははは。まさか。でも、哲学とはそもそも自分の内面を多角的に知る試みです。案外、映画と共通するところがあるのかもしれません」

---本日は興味深いお話をありがとうございました!明日の授賞式(10月25日)での健闘を祈っています。

「こちらこそ、アリガトウ」

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【映画ライター】牛津厚信