恐怖の報酬【オリジナル完全版】

恐怖の報酬


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数奇な運命を辿った”呪われた映画”

 1953年に製作されたアンリ・ジョルジョ・クルーゾー監督のサスペンス映画の名作「恐怖の報酬」のハリウッド・リメイク版。監督はウィリアム・フリードキン。本作が製作された70年代半ば、フリードキンは、「フレンチ・コネクション」でアカデミー作品・監督賞を受賞し、続く「エクソシスト」も記録的な大ヒットとなり、新時代の巨匠としてキャリアの絶頂期にあった。当然、新作への期待も大かった。だが、ユニヴァーサルとパラマウントの共同製作により、2000万ドルの巨費を投じた超大作として出来上がった本作は、その期待を大きく裏切り、アメリカ本国での公開時には興行・批評両面で惨敗を喫した。その結果、日本公開時には92分に短縮され、原題も「SORCERER」から「WAGES OF FEAR」に改題された国際版が公開さ れた。
 ”呪われた映画”の仲間入りを果たした本作は長らくスクリーンでの完全版上映はかなわなかったが、2012年、フリードキンが、パラマウントとユニヴァーサルを相手に訴訟まで起こし、遂に権利の問題をクリア。2013年のヴェネツィア映画祭で4Kプレミア上映され、翌2014年のチャイニーズ・シアターの凱旋上映後、ブルーレイが発売。フランスやイギリスでも劇場公開され、ブルーレイも発売された。そして、本年、キングレコードがフリードキンと直接交渉で権利を取得し、日本での劇場公開が実現したのである。


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冷徹なリアリズムで描く人生の不条理

 さて、このような数奇な運命を辿り、漸く公開となった本作、初公開時に短縮版を見ている人間としては、その真価を伝えねばならないだろう。
 映画は、メキシコ・ヴェラクルスのホテルの一室で、殺し屋ニーロ(フランシスコ・ラバル)が男を射殺するシーンから始まる。続いて、イスラエルのエルサレムに舞台は移り、テロを働いたアラブの若者たちが、特殊部隊にアジトを襲撃され、カッセム(アミドゥ)だけが難を逃れる。パリでは、投資家のマンゾン(ブルーノ・クレメル)が、不正取引の追求を受け、追い詰められた共同経営者の義弟パスカルの自殺により、逃亡を余儀なくされる。そして、アメリカ・ニュージャージー州のエリザベスでは、教会を襲い、ビンゴの売上金を奪ったギャングが逃走中の車内での内輪もめから、車の転覆事故を起こす。血まみれになりながら、一人生き残った運転手のスキャンロンは、仲間が撃った神父の兄で対抗組織のボス・カルロ・リッチの放った刺客から逃れるため、国外に高飛びする。
 南米のポルヴェニールに流れ着いた4人は、山岳地帯の油井で起こった爆発事故により燃え上がる炎を消化するため、トラックでニトログリセリンを運ぶ危険な任務に挑むことになる。この設定こそ、クルーゾーの「恐怖の報酬」から踏襲されているが、後はまるで違う。
 四人の男たちが、ポルヴェニールに流れ着くまでを感傷を排した即物的な描写で押し通し、人間の運命の不条理を突き放したように描く。次いで、ポルヴェニールでの彼らの絶望的な生活。偽名を名乗り、アメリカの石油資源会社で低賃金で汗と油にまみれて働くマンゾンとカッセム。やはり偽名で運転手の職に就き、死の恐怖に怯えながら酒浸りの日々を送るスキャンロン。ここから脱出するためには、今の収入から思えば手の届かない金が要り、抜け出せない蟻地獄のようだ。南米現地の人々の貧しい生活や過酷な労働環境が実にリアルに描かれ、ここから逃れられない異邦人の絶望感を際立たせ、報酬を求めて死の恐怖に挑む男たちの気持ちに説得力をもたらす。


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 トラックで出発してからの数々のサスペンス。いつ爆発するかも知れないニトログリセリンの恐怖は限りない緊張感を生む。クライマックスの、暴風雨の中、古びて崩壊寸前のつり橋を巨大なトラックが渡ろうとするシーンも、要所要所のカットが効果的で臨場感たっぷり!荷を奪おうとするゲリラとの攻防。道をふさぐ倒木を爆破するシーンでは爆風から逃れようとして必死で走るマンゾンの姿から、死の恐怖と隣り合わせの人間のギリギリの恐怖がリアルに伝わってくる。そして、ラスト近く、トラックが動かなくなり、岩石地帯を一人ニトロを運ぶスキャンロンに迫る荒涼とした風景が実に不気味で、魔物のように迫ってくる。初公開時、これは南米のジャングルの底知れない恐怖を描いた「エクソシスト」に通じる恐怖映画だ、と評す方がいたが、もしかしたら、そのような視点がフリードキンの意図を端的に示しているのかもしれない。
 魔物が潜んだような底知れぬ南米の大自然の中に、徹底したリアリズムと冷徹な視点で人間の運命の不条理を描いた本作は、クルーゾーの「恐怖の報酬」とは方向性は違うが、フリードキンの意志が全編にいき渡った、紛れもない傑作である。

<CREDIT>

■出演者:出演:ロイ・シャイダー、ブルーノ・クレメル、フランシスコ・ラバル、アミドゥ
■監督・製作:ウィリアム・フリードキン
■脚本:ウォロン・グリーン
■原作:ジョルジュ・アルノー
■音楽:タンジェリン・ドリーム
■配給:コピアポア・フィルム
■提供:キングレコード
■1977年/アメリカ/121分
■原題:SORCERER(魔術師)

今秋11月24日(土) シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

公式ホームページ
SORCERER2018.com

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【ライター】渡辺稔之

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カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2018年10月22日 by p-movie.com

ジュラシック・ワールド/炎の王国

ジュラシック・ワールド/炎の王国


© Universal Pictures

ハイブリッド恐竜インドミナス・レックスとT-レックスが死闘を繰り広げ、テーマパーク「ジュラシック・ワールド」が破壊された事件から3年が経っていた。イスラ・ヌブラル島はいまや人々から忘れ去られ、島に残った恐竜たちはジャングルを徘徊し、生きのびていた。島の休火山が再び活発な活動を始め、人類は恐竜たちの生死を自然にまかせるか、危険を冒してまで救い出すかの究極の選択を迫られる。元恐竜監視員のオーウェン(クリス・プラット)とテーマパークの運営責任者だったクレア(ブライス・ダラス・ハワード)は、この壊滅的な規模の災害から島に残った恐竜たちを救いだそうと行動を開始する。
オーウェンはジャングルの中で行方不明になっているヴェロキラプトル4姉妹の長女、ブルーを救うという使命感に駆られている。その一方、クレアは恐竜たちの保護を訴え、それが自分の使命だと感じている。
しかし、噴火の危機が迫るその背後では、恐竜たちの密輸が企てられ、競売にかけられようとしていた…。


© Universal Pictures

『ジュラシック・ワールド』(2015)の正統な続編。SWではないが、旧3部作『ジュラシック・パーク』(93~01)に始まり、新3部作『ジュラシック・ワールド』(15~)と製作されてきたこの最も高い人気と成功を誇るシリーズが、再び愛すべき登場人物と、恐竜たちを携え、これまで以上に恐怖をもたらす新種インドラプトルとともに帰ってきた。
引き続き主要キャストは、恐竜と心を通わせるオーウェンを演じるクリス・プラット、クレア役のブラウス・ダラス・ハワードらメインキャストが続投。あと、ヴェロキラプトルのブルーも、もはやキャストと考えても良いかもしれない。彼女(恐竜は雌のみ生み出されたというのは常識)は、今回の新3部作の鍵となっているので、次回も大活躍か?また、監督は前作のコリン・トレボロウに代わり、『インポッシブル』などで注目されたスペインの出身のJ・A・バヨナが新たに務める。さらに製作総指揮はスティーブン・スピルバーグという盤石の布陣。ヒットは約束されたも同然である。
前4作は、驚愕と冒険、スリルだけがやたらと記憶に残っていたのだが、つまり、なぜか事故が起きる度に、恐竜から人間たちが逃げ惑っていただけの印象のシリーズだったわけだが、本作は全然違う!人間たちの選択によって、恐竜たちの運命が決められる展開、恐竜と人間の絆について強く描かれていてちょっと感動。恐竜に感情移入ができるなんて思わなかった!更にその背後にある恐竜の売買と、DNA操作によって新種を生み出そうとする陰謀…。ストーリーはこの上なくシリアスに展開して行く。売買されていった恐竜たちは次回どうなるのか? また、DNA操作で新種が作れるということが意味することは? それって人類にとって…。
今回、本作を見るにあたっては、少なくとも前作『ジュラシック・ワールド』は見ておくのがおすすめだ。前作からの伏線、小ネタなど復習しておくとより分かりやすく楽しめるはずである。


© Universal Pictures

<CREDIT>

■出演者:クリス・プラット、ブライス・ダラス・ハワード、レイフ・スポール、ジャスティス・スミス、ダニエラ・ピネダ
■監督:J・A・バヨナ
■配給:東宝東和
■2018年/アメリカ/128分
■原題:『JURASSIC WORLD: FALLEN KINGDOM』

7月13日(金)より全国ロードショー

公式ホームページ
http://www.jurassicworld.jp/

© Universal Pictures

【ライター】戸岐和宏

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カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2018年7月13日 by p-movie.com

ブルーム・オブ・イエスタディ

ハクソー・リッジ


(C) 2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

時は、現代。ホロコースト研究所に勤めるトト(ラース・アイディンガー)は、ナチス親衛隊の大佐だった祖父を持ち、家族の罪に真剣に向き合うあまり心はいつも不安定。さらに、2年もかけて企画した“アウシュヴィッツ会議”のリーダーから、外されてしまう。最悪の精神状態で、フランスから来るインターンのザジ(アデル・エネル)を迎えに行く。到着した彼女は、トトの下で研修できることに感激したのも束の間、迎えの車がベンツだと知ると、激しく怒り出す。ユダヤ人の祖母が、ベンツのガス・トラックでナチスに殺されたというのだ。(実際はトトの言う、「本当はベンツではなく、オペル・ブリッツかマギルスである。」は正しい。オペルは約10年前まで国内販売もされていた乗用車メーカー、マギルスは消防車に特化したメーカーだが、両社は戦争中、共にナチスのために軍用トラックを多く生産していたのである。そしてそれはあらゆる用途に使われたのだ。)彼女はヒトラーの飼っていたシェパード(ドイツ犬だから)は安楽死させるべき。とも言い放つ。まさに、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」状態である。スタート地点は真逆だが、同じ目標のためにアウシュヴィッツ会議を企画することになった二人。トトはコロコロと気分が変わるザジに唖然とし、ホロコーストの被害者の孫なのに、何かと歴史を茶化す、ザジの破天荒なブラックユーモアにも我慢ならなかった。
ある日、会議を欠席すると言いだしたホロコーストの生還者で女優のルビンシュタインを説得する役目を担った二人。トトはここでも「あの悲劇を分かってない」と暴言を吐き、女優を怒らせてしまった。帰り道ヤケになってネオナチの屈強な男たちにケンカを売り、返り討ちにされたところをザジに助けられるトト。ザジの寝室で手当てを受けていたトトは、目を疑う“ある物”を見つける──。


(C) 2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

オープニングから畳みかけるようなユーモアと毒舌の連続に、ホロコーストというシリアスな題材で笑っていいのかと不安を覚えた私たちは、“ドイツ、ウィーン、ラトビア”へと過去を追いかける二人の旅に同行しながら気付いていく。すべての人間に、どんな傷でも癒せる、素晴らしい力があることに。困難な日々の中にも必ず美しい花のような瞬間があり、昨日咲いた花(ブルーム・オブ・イエスタディ)が、今日、そして明日を輝かせてくれる。監督はスマッシュヒットした『4分間のピアニスト』のクリス・クラウス。主人公と同じように、家族にダークな過去があると知り、大変なショックを受け、自らホロコーストの調査を重ねた。その際に、加害者と被害者の孫世代が、歴史をジョークにしながら楽しそうに話している姿に触れ、本作のアイデアが浮かんだという。当然ながら、彼らが親族の経歴を忘れたわけでも、そこから受けた心の痛みが消えたわけでもない。出演は『パーソナル・ショッパー』のラース・アイディンガーと、『午後8時の訪問者』のアデル・エネル。
ドイツでは、ホロコーストを題材にした映画は何本もつくられ、最終的には戦争自体の愚かさを訴えるというステレオタイプの作品に終始した。それでも、過去に囚われずに、希望と共に未来を生きようとする世代のために、新しいアプローチの映画を作ることを決意した監督。この切り替えによってドイツ国内で高く評価されるだけでなく、昨年の第29回東京国際映画祭においても、東京グランプリを獲得した。


(C) 2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

ナチス映画…ではない。と感じてしまうのも監督の目論見にはまってしまったからなのか?
ホロコーストという重いテーマ、2人は背景が敵同士という関係にありながら、互いに愛情が目覚めてくる。背景だけを取り除けば、まんまラブコメではないか!
ナチスを感じさせない、作品中にもそのようなことを思わせる場面も、描写もない。コミカル、ユーモア。それでいて2人の愛憎のたどたどしいぶつかりあいに、いったいラストはどうなっていくの? もどかしさをずっと感じながらも、ラスト…。切なさと明日への希望を感じさせるラストにほっとした。ナチス映画の歴史が変わるに違いない、エポック・メイキングな作品が完成した。

<CREDIT>

■出演者:ラース・アイディンガー、アデル・エネル、ヤン・ヨーゼフ・リーファース、ハンナ・ヘルツシュプルング
■監督:クリス・クラウス
■配給:キノフィルムズ・木下グループ
■2016年/ドイツ・オーストラリア/126分
■原題:『DIE BLUMEN VON GESTERN』

2017年9月30日(土)よりBunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー公開中

公式ホームページ
http://bloom-of-yesterday.com/

(C) 2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH

【ライター】戸岐和宏

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2017年10月3日 by p-movie.com

ハクソー・リッジ

ハクソー・リッジ


(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

銃も手榴弾もナイフさえも、何ひとつ武器を持たずに第2次世界大戦・沖縄の激戦地(ハクソー・リッジ)を駆けまわり、たった1人で75人もの命を救った男がいた。彼の名は、デズモンド・ドス。重傷を負って倒れている日本兵に手当てを施したことさえある。終戦後、良心的兵役拒否者としては、アメリカ史上初めての名誉勲章が授与された。
なぜ、彼は武器を持つことを拒んだのか?なんのために、命を救い続けたのか? いったいどうやって、奇跡を成し遂げたのか?“命を奪う戦場で、命を救おうとした”1人の男の葛藤と強い信念を浮き彫りにしていく─実話から生まれた衝撃の物語。

〈ハクソー・リッジとは…〉
第2次世界大戦の激戦地・沖縄の前田高地のこと。多くの死者を出した壮絶な戦いの場として知られている。ハクソーとは弓鋸で、リッジとは崖の意味。150メートルの断崖絶壁の崖が、のこぎりのように険しくなっていたことから、最大の苦戦を強いられたアメリカ軍が、“ハクソー・リッジ”と呼んだ。

第2次世界大戦が日に日に激化し、デズモンドの弟も周りの友人たちも次々と出征する。そんな中、子供時代の苦い経験から、「汝、殺すことなかれ」という教えを大切にしてきたデズモンドは、「衛生兵であれば自分も国に尽くすことができる」と陸軍に志願する。グローヴァー大尉(サム・ワーシントン)の部隊に配属され、ジャクソン基地で上官のハウエル軍曹(ヴィンス・ヴォーン)から厳しい訓練を受けるデズモンド。体力には自信があり、戦場に見立てた泥道を這いずり回り、全速力で障害物によじ登るのは何の苦もなかった。だが、狙撃の訓練が始まった時、デズモンドは断固として銃に触れることを拒絶する。軍務には何の問題もなく「人を殺せないだけです」と主張するデズモンドは、「戦争は人を殺すことだ」と呆れるグローヴァー大尉から、命令に従えないのなら、除隊しろと宣告される。その日から、上官と兵士たちの嫌がらせが始まるが、デズモンドの決意は微塵も揺るがなかった。しかし、ついに命令拒否として軍法会議にかけられることになる。
「皆は殺すが、僕は助けたい」─軍法会議で堂々と宣言するデズモンド。ところが、意外な人物の尽力で、デズモンドの主張は認められ、武器を持たずに戦場に向かうことを許可される。
 1945年5月、沖縄。グローヴァー大尉に率いられて、「ハクソー・リッジ」に到着したデズモンドら兵士たち。先発部隊が6回登って6回撃退された末に壊滅した激戦地だ。150mの絶壁を登り、前進した瞬間、四方八方からの攻撃で、秒速で倒れていく兵士たち。ひるむことなく何度でも、戦場に散らばった命を拾い続けるデズモンド。しかし、武器を持たないデズモンドに、さらなる過酷な戦いが待ち受けていた…。


(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

幼少期に観たTV『コンバット』で、戦うことが目的の兵士の中に、“衛生兵“という戦わない兵士がいることを知った。役名はドク(2人いたが、有名なのはカーター)。彼は戦闘をせず、負傷した仲間に黙々と応急処置を施していた。なぜ撃たれてしまうかもしれないのに、銃弾の下をかいくぐり、ただ仲間を助けるだけしかしないのか? 当時の私たちにとっても、地味な役割のためか人気がなかった。やはり子供にとっては、人の命を救う崇高な使命なんて全然わからなかったのである。その衛生兵(カーター)でも護身用に拳銃は携行していたのだから、「敵を殺さなければ自分が殺される」という過酷な状況において武器を持たずに従軍するには、個人にとっても強靭な精神力が必要だったし、部隊の仲間にとっては、命を預けられない厄介な忌むべき存在であったに違いない。それが隊内のイジメの対象となったことも当然だと思う。

それでも、それでもだ。「皆は殺すが、僕は助けたい」と軍法会議で宣言するデズモンド。「信念を曲げたら生きていけない!」それが信仰心というものなのか?かくも強靱なものなのか?どこまで信念を貫けるものなのか? 信仰心の薄い私などはただただ驚嘆であった。信仰心といえば、奇しくもアンドリュー・ガーフィールドは本作と、先に公開された『沈黙 -サイレンス-』の中でも信仰心について言及している。舞台は同じ日本。ただしこちらはハッピーエンドではない重いテーマだったが…。


(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

さて、本作では3つの世界が舞台として描かれる。デズモンドの命に対する確固たる信念が培われた少年期、兵舎、そして狂気に満ちたハクソー・リッジである。デズモンドの信念がいかに強靭なものであったかを描くためにも、その対比としてメル・ギブソン監督は、戦場が悲惨極まりなかったことを描く必要があった。
映画の戦闘シーンは『プライベート・ライアン』以降、年々、超リアルに描かれるようになってきた。すでに独立戦争やベトナム戦争の戦闘シーンを描いてきたギブソンだが、今回初めて第2次世界大戦を描くことになった。ギブソン流アプローチは、とにかくできるだけ現実に近付ける、なるべくCGを使わずに、カメラでの撮影の効果を最大限に利用する、“全てを実際に行う”というもの。結果、『ハクソー・リッジ』はリアル感においては、自分が実際にその世界にいるかのように感じられ、悲惨さにおいて今までのどの作品よりも群を抜いており残酷極まるものとなった。私は、日本兵よりも、感情移入は完全に米軍になってしまうという、複雑な気持ちになってしまったが、ことさらに日本兵の狡猾さ、残酷さを強調するような描き方はされていない。とかく残酷な戦場描写が話題になりそうな本作だが、第89回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞など6部門でノミネートされ、編集賞と録音賞の2部門を受賞。単純な戦争アクションではなく、信仰心の力をテーマにした強烈な作品である。

<CREDIT>

■出演者:アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、テリーサ・パーマー、ヴィンス・ヴォーン、ヒューゴ・ウィーヴィング
■監督:メル・ギブソン
■配給:キノフィルムズ
■2016年/アメリカ・オーストラリア/139分
■原題:『Hacksaw Ridge』

2017年6月24日(土)全国ロードショー

公式ホームページ
http://hacksawridge.jp/

(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

【ライター】戸岐和宏

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2017年6月19日 by p-movie.com

マリアンヌ

マリアンヌ
(C)2016 Paramount Pictures. All Rights Reserved

1942年、イギリスの特殊作戦執行部(SOE)の緊急任務のため、諜報員マックス・ヴェイタン(ブラッド・ピット)はドイツ占領下のカサブランカにパラシュートで降り立つ。そこで、彼は魅力的なフランス軍レジスタンスの女性マリアンヌ(マリオン・コティヤール)と出会う。決して交わることのない人生を歩んでいた2人を、ある重大なミッションが引き合わせる。それは、夫婦を装い、滞在中のドイツ軍大使を暗殺するというもの。彼はミッションを遂行する上で、ただ一つの信条を持っていた。それはパートナーと決して恋に落ちないこと。だがミッションを成し遂げるとともに、真面目で孤独な男だったマックスの抑えきれない感情が、初めて声になる。「一緒にロンドンへ行こう、結婚してほしい」
数週間後、ロンドンの街角にある小さなカフェでささやかな結婚式を挙げる。マックスの信頼する上司フランク(ジャレッド・ハリス)たちの前で愛を確かめあう2人。やがて最愛の娘も生まれ、初めて送る幸せな生活を噛みしめて過ごしていた矢先、彼は諜報部から信じられない話を聞かされる。

「マリアンヌには、二重スパイの疑いがある」 「疑惑は72時間以内に判明する。二重スパイであれば、君自身の手で終わらせなければならない。」

マックスの目に映る日常が一変し、マリアンヌの些細な行動でさえ全て疑わしく思えた。だが唯一変わらないもの、それは彼女への愛おしさだった。マックスは彼女の疑惑が偽りであることを証明するために奔走する。果たしてマリアンヌの正体とは? そして2人が導き出した選択は?


(C)2016 Paramount Pictures. All Rights Reserved

監督は『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94)、『キャスト・アウェイ』(00)、『ザ・ウォーク』(15)など数々の革新的な作品を手がけてアカデミー賞受賞経験を持つロバート・ゼメキス。脚本を読むとすぐに、ゼメキスには映画のスタイルに対する確固たるビジョンが見えたという。第二次世界大戦の荒廃を描くだけでなく、生の奇跡に陶酔した人びとの熱気や活気に満ちた生活。緊迫しながらもまぶしく華やかな占領下のカサブランカを、何もなく風の強いモロッコの砂漠の美しさを、ベーカー・ストリートにある特殊作戦執行部オフィスの陰のさす廊下を、連合軍が攻撃に失敗し、ナチスに支配されレジスタンスが抵抗しているフランスのデュエップの危険な状況を、空襲で荒廃しながらも屈しないロンドンを、21世紀スタイルの活気を持って再創造した。 
また、ゼメキスは映画の主観的な視点を途中でマックスからマリアンヌに切り替え、語りや全体的なビジュアルの雰囲気も合わせて切り替えることを考えていた。映画の前半は砂丘や屋上といった広く開放的な風景に満ちており、後半は世界がマックスとマリアンヌを追い込んでいくに合わせて、狭苦しい部屋や、尋問をするオフィスや、フランスの刑務所や、窮屈なコックピットなど、より狭い場所で展開される。視覚表現にこだわる彼の面目躍如といったところだ。

ところで、ブラッド・ピットの前作『フューリー』(14)では稼動可能なティーガー戦車が登場し話題となったが、本作『マリアンヌ』でも話題となっているのが、マックスが操縦するこれまた希少な航空機ウェストランド・ライサンダーだ。マリアンヌがスパイでないことを証明する個人的なミッションに臨む彼は、これに乗ってフランスのディエップへと向かう。イギリス空軍が第二次世界大戦中に使用したこの航空機は、本作で描かれるように短距離離着陸性能を生かして、人里離れた場所に着陸する(秘密連絡員輸送のため)にはうってつけだった。では今回も本物か?残念ながら、本作に使用された航空機は、当時のものとスペックまで合わせて作られたレプリカである。


(C)2016 Paramount Pictures. All Rights Reserved

『マリアンヌ』は入り組んだスパイスリラーでもあり、心奪われる戦争ドラマでもあるが、本質は混乱と国際関係の瀬戸際に放り出されたマックスとマリアンヌの疑念、危機、無償の愛を描いた情熱的なラブストーリーである。この2人の諜報員は、運命的なロマンスの相手か、宿命の敵か、あるいはその両方なのか? カサブランカ、空襲下のロンドン、そしてドイツ支配下のフランスに至るまで、豪華で視覚性に富んだ舞台の中で、ゼメキスはハリウッド黄金期に隆盛したような壮大な物語―ミステリーと、スリルと、愛に満ちた物語―を生み出しながら、観る者を引きつける豊かな力を駆使して本作を仕上げた。すべては胸が張り裂けるような選択へとつながっていくものの、未来への希望の一歩も踏み出される。私たちは、身を乗り出し、必ずや心を揺さぶられるだろう。

<CREDIT>

■出演者:ブラッド・ピット、マリオン・コティヤール、ジャレッド・ハリス
■監督:ロバート・ゼメキス
■配給:東和ピクチャーズ
■2016年/アメリカ/124分
■原題:『ALLIED』

2017年2月10日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズ 他 全国公開

公式ホームページ
http://marianne-movie.jp/

(C)2016 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

【ライター】戸岐和宏

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2017年2月9日 by p-movie.com